【コラム】

カレー沢薫のほがらか家庭生活

55 おばあちゃんの知恵袋

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今回のテーマは「おばあちゃんの知恵袋」だ。

おばあちゃんと知恵袋というのは、イメージ的にはちょい足し的なものな気がする。「今のままでもいいんですけど、これをやるとさらに良くなります」みたいなものだ。そういうのは基礎あってのものである。

例えば、プリンに醤油をちょい足しするとウニの味がするという知恵袋があったとしよう。まず、味を覚えるほどウニを食ったことがねえという問題や、どう考えてもウニよりプリンの方が好きという事実はあるが、そう聞いたら試したくなるのが常である。しかし、それはまずプリンとして成立しているプリンがないとできない。砂糖入り卵汁に醤油を足しても、砂糖醤油入り卵汁になるだけだ。

それどころか、虚空に向かって醤油を振り掛けることになり、それは床に落ちてシミになる。基礎ができてないやつほど、こういうちょっとしたアイデア的なものには食いつく。しかし、基礎ができていないので失敗し、何らかの残骸を作り出すのである。

よって、うちのババア殿も何かしら知恵袋を持っていたのかもしれないが、それをこいつに教えても、いらぬ手間が増えるだけと判断したのか、そういったことは教えてもらった記憶がない。つまり、ババア殿には当たり前のことを言われ続けるだけの人生であった。

主に、物は元あった場所に戻せ、何かやったらやった後を見ろ、と言われてきた。そして、それらを一度も守ることなく家を出たのだ。よって、ババア殿の知恵袋はどこにも伝授されることなく腐った。後継者問題は、一般家庭でも起こるのである。

しかし、ババア殿が何かしらこちらに知恵を授けようとしたとしても、それを素直に受け取ったかは疑わしい。ババア殿や親の言うことは、先人だけあって正しいことの方が多い。しかし、仮に正しくても、身内の言うことゆえに素直に聞けぬということがある。むしろ反発さえしてしまう。

よって、おばあちゃんの知恵袋よりも、どこぞの誰かも分からぬ者が発した、ヤフーとかの知恵袋の知恵に「深い」とか「知見がある」とか言って、素直に従ってしまったりするのである。つまり、私が現在このような、飛行機がジャングルに墜落し、そこに住むゴリラに育てられたかのような風貌と生活をしているのは、親が祖母が教育しなかったわけではなく、私がそれを全無視したため、「諦めた方が早い」という結論に達したからである。

そんなわけで、私は諦めたババア殿が作る飯を食い、私が汚したものを諦めたババア殿が片付けるという生活をしていたのだが、ついに結婚し、家を出ることになった。27年間かけて育んだ当家の恥が外部に輩出されるのである。諦めていた親も焦った。焦りのあまり、母上は全ての過程を飛ばして、「お茶とお花を習いに行きなさい」と言い出した。正気の沙汰ではない。

もちろんそれは、虚空に醤油を撒(ま)くようなものなので行かなかったし、花嫁修業的なものも一切しなかった。だが、「味噌汁ぐらい作れるようになって行け」というババア殿の言により、味噌汁の作り方だけは習った。

ここで特筆すべきは、マジで「味噌汁の作り方しか教えなかった」という点である。これ以上をこいつに教えても無駄だと思ったのかどうかは分からないが、本当に味噌汁のみ、それも豆腐の味噌汁オンリーで教わった。おそらく、「具に火を通す」という概念がなくてもできるからだろう。それも、「ひと手間」とか「ちょい足し」とか一切ない。必要最低限の材料で分量も適当な味噌汁だった。

だが、その唯一教わった味噌汁を今も私は作っている、当然、何の工夫もない、分量適当の味噌汁だ。しかし、だからこそ作り続けられているのである。他のものはCook Do先生や、マックスバリュのお惣菜の素パイセンなどが作ってくれている。逆にあの時、少しでも手の込んだものを教えられたら、今それを作っていないと思う。

ババア殿がそこまで考えて味噌汁だけ教えたとは思い難いが、結果的に一番有益な知恵を授けたと言えよう。そんなババア殿も米寿を迎え、歯が弱くなり、固形物が食べられないので、主食はジュースやプリン、アイスという、子どもの夢みたいな食生活を送っているという。

それを聞いて、当初はドラッグストアでそういう人用のゼリーなどを買って差し入れていた。しかしよく考えたら、この期におよんで健康とかしゃらくさいこと考えたくないだろうし、おいしいもの食いたいよな、と思ったので、今度はハーゲンダッツを箱で差し入れようと思う。

筆者プロフィール: カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。
デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。「やわらかい。課長起田総司」単行本は全3巻発売中。

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インデックス

連載目次
第56回 不動産会社の思い出
第55回 おばあちゃんの知恵袋
第54回 家族写真
第53回 トイレの使い方
第52回 近所付き合い
第51回 引越し
第50回 お盆
第49回 100均の神アイテム
第48回 DIY
第47回 間接照明
第46回 家賃
第45回 観葉植物
第44回 畳vsフローリング
第43回 エアコン
第42回 お風呂vsシャワー
第41回 丁寧な暮らし
第40回 ミニマリズム
第39回 部屋着
第38回 収納
第37回 掃除
第36回 家具のこだわり
第35回 筆記用具
第34回 映画館
第33回 小学生の時の思い出
第32回 家電
第31回 祖父との思い出
第30回 祖母との思い出
第29回 本棚
第28回 父の日・母の日
第27回 学校行事
第26回 お年玉と誕生日
第25回 仲直り
第24回 お祭り
第23回 花火大会
第22回 春休み
第21回 部活
第20回 教習所
第19回 勉強机
第18回 進路
第17回 通学
第16回 兄弟との遊び
第15回 兄弟喧嘩
第14回 朝ごはん
第13回 運動会の思い出
第12回 正月の過ごし方
第11回 夏休みの思い出
第10回 おこづかい
第9回 モロファミコン世代
第8回 貯金と浪費家
第7回 習い事と「そろばん教室」
第6回 カレー沢流の親孝行
第5回 コタツ、それは女神の微笑み、母なる海
第4回 おふくろの味
第3回 私不在の家族会議
第2回 新潟での家族旅行
第1回 カレー沢薫の実家

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