今回のテーマは「間接照明」だ。

すごいテーマである。おそらく、私の人生に関係ないものトップ10に入るだろう。まだワールドカップとかの方が関係ある。

私には、緑とか空の良さを解する心がないと前に書いた。しかしそう思うのは、今、空が青いからかもしれない。これが常時ビリジアンとかになれば、「青い空が懐かしい」と思うかもしれないし、世界が荒野になれば、おそらく「緑見てえ」と感じるだろう。よって、今は必要なくても、空がビリジアン、地面がマッドマックスになれば、「こんな時、間接照明さえあれば」と思うかもしれないのだ。バカにはできない。

それに、「緑のどこがいいの? 」などと言うのは、私が財を投じているソシャゲのレアカードに「それJPEGじゃん」と言うのと大差がない。良さが理解できないのは仕方ない。だが、それを腐してはいけないのだ。私が、先日ずっと欲しかったキャラを出して泣くほど感動したのと同じように、今この瞬間、間接照明で絶頂し滂沱(ぼうだ)の涙を流している人間がいるのだ。それを忘れてはならない。

それに良さが分かる物は、多ければ多いほどいいのだ。空というのはタダである。それが青いだけで「イイネ! 」と思えるなら、思える人間の方が得だろう。世の中には、ソシャゲのレアカードに顔中の穴から血を噴き出して喜べる上に、空の青さに網膜から煙を出すほど感動できる人間だっているのだ。そういう人間は若干寿命が短そうな気がするが、楽しい時間が多い人生である。

逆に「良い」と思えるものが少ない人間の人生は、空虚というより、焦りと苛立ちに満ちている。花火を見に行っても、2発目で飽きているため、その時点で「早く帰りたい」と思っているし、キレイな風景も2秒で「次行こうぜ」と感じるため、常にイラついているのだ。

そういう人間にとって人の一生はあまりにも長い。80年もいらない、3カ月ぐらいで完結できる。間接照明を「しゃらくせえ」の一言で終わらせることは簡単だ。しかし、「間接照明のことを考えないことによってできた時間を何に使うのだ」と言う話だ。「何か楽しいことねえかな」と、イライラしているだけに決まっている。

だったら、間接照明のことを考えてみてもいいではないか。

まず、間接照明とは何か。光を直接照射するのではなく、壁や天井に反射させる照明のことである。もちろんだが、うちに間接照明はない。庭をコンクリで埋め立てようとしている私の口から、「部屋を間接照明にしたい」などという言葉が出るわけがない。出たとしたら、何者かに自我を乗っ取られていたとしか思えない。

そして、間接照明のメリットは、照度が落ちるため、部屋が落ち着いた雰囲気になり、リラックスできるのだ。逆に言うと、メリットはそれだけだ。

「それだけかよ」とも思うが、よく考えれば、リラックス、心にゆとり、というのは何よりも大切なことである。ゆとり、というとすっかり悪い言葉みたいになってしまっているが、本来いい言葉である。ただ、ゆとりのある人間を許容できる社会でもないのに、ゆとりのある人間を育てようとしたのが間違いだっただけだ。

今、一切ゆとりのない生活をしているから分かるが、あれもやらねばこれもやらねばと思っていると、著しく集中力を欠き、気づいたらエゴサかガチャを回しており、逆に効率が悪いのだ。そして、余裕がないのに、人生が長く感じるという悪循環に陥るのである。

つまり、私が今こんな有様なのも、間接照明がないせいかもしれない。即刻、仕事部屋を間接照明にすべきだろう。

しかしそれには、いくつかの問題がある。まず、私の部屋が人様を入れる状況にない。床が謎の粘着物質に覆われているため、業者の人がゴキブリホイホイにかかったがごとく、身動きがとれなくなる可能性があるのだ。私は足裏から大量の油を出しているため何とか動けるが、素人さんには少しきついだろう。

人を入れるにはまず掃除しなければいけないのだが、今は掃除をするだけのゆとりがないから無理だ。なぜゆとりがないかというと、間接照明じゃないからである。ではDIYするしかない。しかし、私のような人間にDIYをやらせるのは、心に余裕を著しく欠いた人にチェーンソーを持たせるようなものである。そして、なぜ心に余裕がないかというと、もちろん間接照明がないからだ。

どうやら、間接照明がないと間接照明を取り付けるのは無理なようである。これから家を建てる人は、屋根や壁を差し置いてでも間接照明をつけることをオススメする。

筆者プロフィール: カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。
デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。「やわらかい。課長起田総司」単行本は全3巻発売中。