今回のテーマは「映画館」である。

わが実家はとにかく、家族でおでかけしないことに定評があった。年に一度の新潟旅行以外、両親と兄弟そろってでかけた記憶は皆無だ。よって映画館も数度、母に連れられて行ったぐらいで、何を見たかも記憶にないが、おそらく、子ども向けアニメだったと思う。完全な家族サービスである。

だが数年前、還暦を過ぎた母が「『GIANT KILLING』を見ている」「『バクマン。』を見ている」などと言っていたので、アニメに興味がないというわけではなかったようだ。

子どもの頃の映画館の思い出と言えば、「となりのトトロ」もしくは「魔女の宅急便」を見た時だ。作品名が定かでない時点で、映画自体の思い出でないことは明白だが、とにかく何らかのジブリ作品を映画館で見た時のことである。

映画館の椅子というのは通常、座る部分が背もたれにくっついている状態であり、座る時はそれを倒して座る、という独特の形状をしている。当然立つと、座る部分はまた背もたれの方に戻る。私は、トトロor宅急便の上演中、座る部分が戻ったことに気づかず座り、床に転げ落ちる、という行為を2回やったのである。

よく教室内で人が立った時、椅子を後ろに引き、それに気づかず座った人間をコケさせるといういたずらがあったと思うが、あれをひとりで2回やったのだ。あれほど人の注目を浴びたのは、おそらく最初で最後である。

静まり返った映画館で床に転げ落ちるなど、侍ならその場で切腹してもおかしくないぐらいの恥である。腹は切らぬにしても、「二度とこんな過ちをおかすまい」と肝に銘じるはずだ。それをまた、トトロの上演時間が3日とかでなければ、1時間以内ぐらいでやったのである。学習力、注意力がなさすぎる。そもそもなぜ、映画の最中に立ったり座ったりしているのか。落ち着きがなさすぎる。

しかし、この「落ち着きがない」は子どもの時だけではない。むしろ、落ち着きのなさは年々増している。落ち着きがなさすぎて、30分の番組すらまともに最後まで見られない。気づいたら、木から木に飛び移ったり、ぶら下がっているタイヤに体当たりしたり、バナナを食ったりしてしまうのだ。よって、テレビはほとんど見ない。

逆に言うと、木々やタイヤがぶらさがってない上に、私語やスマホをいじってはいけない。バナナもできればあんまり食わない方が良いであろう。しかし、映画館で見る映画だけは、唯一最後まで見ることができるのだ。

そして、結婚して実家を出た今、夫婦で出かけるとしたら専ら映画である。出かけると言っても、盆と正月、GWぐらいであり、2人とも映画好きというわけではない。ただ消去法の結果、映画が一番いい、という結論になった。

まず2人とも、確固たる己の意思がなさ過ぎる。両名とも「相手の行きたいところに付き合う」という考えなので、旅行などに行くと「どこいく? どこいく? 」で時間だけが経過しイライラしてくるのだ。

そして、話したいことが特にない。ドライブなどしても、出発5分で車内に完全な沈黙が訪れる。静かな休日である。更に何より、私は外出が嫌いだ。落ち着きがないので、絶えず身体を小刻みに動かすのは好きだが、部屋の外に出るのは嫌いだ。永遠に部屋の中で身体をゆすり続けていたいのである。

その点、映画はいい。まず会話の必要がない。むしろ会話してはいけない。たまにしちゃってるカップルとかがいるが、あちらの方が異常であり、異端裁判であり、平素から沈黙している我らの勝利だ。また、静まり返った車内だと遅々として時間が進まないが、映画だと気づいたら2時間経っている。無言で2時間、間が持つのだ。これ以上のことはない。

そして、ついでというわけではないが、映画も大体面白い。私は頭が悪いので、多少ストーリーやギミックが破綻していても全然気づかないのだ。デカイ画面で、2,3回爆発シーンが起これば、大体愉快と思える。

更に視聴後、映画の感想で話が盛り上がる。と言いたいところだが、こればかりはない。私はオタク気質なので、映画やアニメの感想を言うのは好きな方だし、視聴後、細かい設定を調べるし、気に入った時はファンアートすら描く。だが夫は、そういったことが全くないのだ。

映画がつまらなかった、というわけではない。ただ、夫にとって見終わった時点で、その映画は完結しており、後からあれこれ語るものではないという感覚なのだろう。よって、映画館を出ると「面白かった」「面白かった」とお互い一言感想を言い合った後、全く別の話題になり、3分後、また沈黙が訪れる。

そんなの無視して自分の感想を言い続ければいいのかもしれないが、「まあそっちが別に語らないならこっちも語らない」という、己のなさがここでも出るため、帰宅後、ツイッターやブログに感想を投下するのである。

筆者プロフィール: カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。
デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。「やわらかい。課長起田総司」単行本は全3巻発売中。