今回のテーマは「春休み」である。

夏休みの思い出がないと言っているやつに春休みの話をしろ、というのはパンがないならスイーツを食えと言っているのに等しい。つまり、この題を考えた担当は即刻ギロチンにかけるべきなのだが、前にも書いた通り、テーマを考えた担当はもういない。

担当と言うのは殺さないと必ず後悔する生きものなので、皆さんもヒト科タントウ目を発見することがあったら悔いのない行動(眉間を執拗に殴るなど)をとってほしい。私との約束だ。

夏休みですら印象がないのだから、その半分もない春休みなど全く記憶にないのだが、唯一覚えているのが中三の春休みだ。なぜなら入院していたからである。受験前に、高熱を伴う風邪をこじらせ、そこからなかなか完治することがなく、受験後入院することになったのだ。

普通、物語が「最初はただの風邪と思っていた」から始まった場合、最終的に死ぬのが正しい姿なのだが、私の人生は構成がガチャつき過ぎなので、本当に「ただ風邪をこじらせて入院」して、春休みが終わるごろ退院したのだ。私はいまだにあの時の病名を知らない。ただ、人生ゲームの「入院して春休みがつぶれる。一回休み」のマスに止まっただけとしか思えない。

このように、特に理由のない入院が私を襲ったわけだが、まだ中学生であったし、身体的には元気だったため、初めての入院にテンションが上がってしまい、わざわざ入院前に電話で友人に「あたし入院することになったから……」と報告していた。どんな状況でも黒歴史という名のライムを刻むのを忘れない、それが一流のアーティストだ。

しかし、入院というのは地味なのである。基本的にこちらがすることは何もない、血をジャブジャブ吐くというならエキサイティングかもしれないが、そうでなければほとんど寝ているだけだ。

暇を持て余している私に母親が漫画雑誌を買ってきてくれたのだが、「お母さんチョイス」というのは、ある程度成長した子どもの趣味に合致することはまずない。その時も、母が買って来たのは菓子で言うなら、歴史を感じさせる「ルマンド」と言った感じの少女漫画誌だった。どうせ少女漫画誌なら、新條まゆ先生が載ってそうなやつの方が中学生としてはうれしかった。

もちろん暇であるから、その少女漫画誌は全部読んだし、それはそれで楽しめた。しかし、その雑誌に載っているのはほぼ連載作品なのである。考えてみてほしい。若い皆さんもルマンドをもらえば食うだろうし、味があるのは分かる。しかし、「今日は絶対、ルマンド! 」と、自分で買って食うことはあんまりないはずだ。私は退院後、自らこの"ルマンド少女漫画誌"を買うことはなかった。よって、私はあの時読んだ漫画の続きがどうなったか全く知らず今に至る。

もちろん、漫画を読むにも限界はあるし、与えられた時間は膨大だ。そこで私は、ノートにマンガを描き始めた。罫線の入った大学ノート、筆記用具はボールペンとシャーペン、机はベッドサイドにある極小のもののみ。そんな全く恵まれない環境で、私は「成績学年トップのイケメンの生徒会長(なぜか日本刀を持ち歩いている)が活躍する学園ラブコメ」を描き始めた。

厨二病と笑うなかれ。まず、もうすぐ高校生になろうかという中三なのに中二の感性が死んでないという点を褒めるべきだし、これはエミネムが貧しいトレーラー暮らしの中、通勤中に手のひらにラップのリリックを書き綴ったのと同じ行為だ。ただ、エムネムはそこから何かが始まり、こっちは何も始まらなかっただけだ。

私は退院後もそのノートを持ち帰り、かなり長い間保管していたのだが、いつだか処分してしまった。実は言うと、それは結構後悔している。やはりあれは、中学生の時にしか描けないものだった。今も厨二ネタはやるが、あくまでBBAが考えた厨二像であり、ホンモノには遠く及ばない。

そう思っていたのだが、先日地元の友人との飲み会があり、その時のひとりが「こんなものを見つけた」と中学時代の文集を持ってきた。その余白ページには、明らかに私が描いたと思われる、当時はまっていたゲームのキャラとそのキメ台詞が描かれていた。

平静を装っていたが、脇汗が足首まで垂れていた。「中学時代に描いたものもとっておけば良かった」というのは、あくまで自分の目の届く範囲で保管できて、誰にも見せないという前提があってこそだ。他人が持っている場合は、今からでも家ごと燃やしに行きたいと思う。

筆者プロフィール: カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。
デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。「やわらかい。課長起田総司」単行本は全3巻発売中。