今回のテーマは「家族会議」である。

しかし、今までそのような会合に参加した覚えがない。だが、我が実家で家族会議が全くなかったかと言うと、おそらくあったと思う。しかし「アイツどうするよ」という会議に「アイツ」を呼ぶことはまずない。会議は主に私不在で行われていたのだと思う。

また、私が一度も家の戦力になったことがなかったというのも大きく起因している。家だけでなく、仕事でもプライベートでも「生涯現役戦力外」の呼び声が高い自分である。そろそろZONEあたりからオファーが来ても不思議ではない。

もちろん、実家でも生まれてから一日も欠かさずカレー沢家のベンチを冷やし続け、全く惜しまれずに、家を出た。ここで言う戦力とは、家事をしたり生活費を出したりする者だ。前者を全くしないのはもちろん、成人してからも新卒で入った会社を8カ月で辞め、その代わりに親の金でメンタルクリニックに通いだしたという鮮烈社会人デビューを果たした自分である。こんなのを家族会議に呼んだら、事件は現場ではなく会議室で起こる。

しかし、頼られない、相談をされない、といのは極めて楽なことである。家族は私を戦力として見てなかったので、私が大人になってからも家のことは他の家族がやっていたのだ。私は本当に実家では自分のことしかしていなかった。

だが、もちろん問題もある。「決まったことが私に伝達されない」のだ。

最も顕著だったのが「墓参り」だ。父の実家の墓参りの話は前回したが、母方の墓は実家近くにあり、年に一回夏の平日早朝、家族で墓参りに行くのが恒例となっていた。

その墓参りの日が知らされないのである。いつ知らされるかと言うと「当日」だ。朝6時とかに突然起こされ「墓参りに行くぞ」と言われるのである。「寝起き墓参り」、「早朝バズーカ」に匹敵する破壊力だ。しかも我が家に車がやってくるまで、墓地には自転車で行かなければならなかった。

つまり、毎年真夏の早朝に突然起こされ、その五分後には自転車を漕ぎ、先祖の墓に「チャリで来た」とやっていたのである。しかもなぜか平日という縛りがあったため、その後、学校や会社に行かなければならなかった。かなりのエクストリーム墓参りである。

なぜ、せめて前日までに言わないのか。当日まで秘密にするということは、死んだジジイが墓から甦る等のサプライズが用意されているのかとも思ったが、ジジイは結局一回も蘇らなかった。つまり、家族の話し合いに「私の都合」というのは入っていなかったのだ。

何もしない、責任を負わない。ということは決定されたことには諾々と従うしかないのだ。相談もなく、とはよく言うが、相談しても役に立たない上に、反対だけしてくるような奴にはしないものなのである。それよりは、役には立たないが反対もしない犬とかに言った方がマシだ。

そんなわけで実家の決め事にはほぼ関わることがないまま、私は結婚し、家を出て、今は夫と二人暮らしをしている。が、やはり家族会議的なものを行った記憶はない。家を建てるという一大行事はあったが、二人してその気もないのに見に行った住宅展示場の営業に押し負けただけなので、家を建てることを決めたのは、ハウスメーカーの社員と言っても過言ではない。

夫婦が話し合うと言ったら、主に金を使うときだろう。むしろ家族会議の2億%が金に関わる話なのではと思う。おそらく家に2兆円あったら、その家庭から話し合いというものは消えると思う。大体の災いは2兆円がないところから始まっているのだ。

しかし、我が家の財布は完全に夫婦別々なのだ。誰がどれを払う位は決まっているが、あとはオールフリーという危険極まる家計なのだ。しかし、おかげで何かを買うのに夫の許可を取る必要はないし、夫の方も何か言ってくるということはなかった。

しかし、去年初めて話し合いをした。夫の車の買い替えである。車好きの夫の所望する車は国産の普通車だった。しかし、車は走りさえすれば油粘土製で構わないと思っている自分からすると、どれだけ高級な油粘土を使っているのかと思えるような値段だったのである。

内容は、「もちろん自分が月々払うが、すでに家のローンもあるので、一旦家の貯金から出してほしい」という相談だった。

正直、嫌であった。もっと安い油粘土にしろよとやんわりと言ったが、本人はこの粘土が良いようである。もちろん、私が断固拒否すれば夫はその車を諦めざるを得なかっただろう、しかしNOだと言おうとする私の脳内に「お前は今まで回したガチャの回数を覚えているのか?」という声が、子安武人のボイスで再生された。

私にとって車はタイヤ付き油粘土だが、私の大好きなソシャゲで得られる嫁キャラのカードは夫にとってはただのJPGである。自分の娯楽を我慢しない私が、夫の娯楽を否定することはできず、結局今我が家の駐車場には高級油粘土が置いてある。

約30年間、家庭内での決定権がなかった自分だが、いざ与えられると困る。時として相手の提案を却下しないといけないなら尚更だ。やはり、決められたことに諾々と従うか、文句だけ言うのが一番楽である。

<作者プロフィール>
カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。
デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。「やわらかい。課長起田総司」単行本は全三巻発売中。