【コラム】

兼業まんがクリエイター・カレー沢薫の日常と退廃

133 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(73)タンジブル

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今回のテーマは「タンジブル」だ。しゃらくさいOLの新しいランチ形態のようだが、違う。

話は変わるが、当方もうすぐ35歳になる。女として35年も生きると、その間、さまざまな男が通り過ぎていくし、それらの男と学園生活を送るのはもちろん、一緒にトップアイドルを目指したり、タイムスリップしたり、世界を救ったりと色々やってきた。武将ともかなり付き合ったし、何故か人間の男の形をしている何らかの物体と恋したことも一度や二度ではない。

とにかく、Diaryに描ききれない思い出がある。ただ、そのMemoryはすべて画面越し、そして触れあいは全てコントローラーやマウス、キーボードの操作か、ディスプレイをタッチすることにより行われてきた。

何が悪い。シティーハンターのリョウ(正しくはけものへんに尞)と香だって、ガラス越しにキッスしていたではないか。それと同じだ。むしろあのシーンはガラス越しだからいいのだ。それと同じように、二次元の男とは、画面越し、キーボード越しに、接するのが一番いいのだ。素人はすっこんでいろ。

以上が個人の意見だが、画面越し、そしてデバイス越しの恋に対し「いつまでもそれに満足していてはいかん」と言い出した人もいる。

そういう人が提唱しているのが「タンジブル」だ。

もっと具体的に、データに「触る」

「Tangible(タンジブル)」とは元々「実体がある様」「触れられる、触知できる」という意味だそうだ。2000年初頭にマサチューセッツ工科大学(MIT)の石井裕教授が提唱したものだという。

PCなどの画面上でできることは目覚ましく増えた。しかし、それらのことは、前述の通り、マウスやキーボードを介して行われている。

最近ではスマホやタブレットなど画面を直接タッチして操作するのも一般的になってはきたが、触れているのは、ディスプレイの表面だ。「推しにパイタッチ^^」とか嬉々として言っているけども、所詮貴様がなで、さすっているのはガラスとかそういう類のものである、ということだ。

うるせえ、俺が推しに触っていると言ったら触っているんだ、と言いたいが、今回論ずるのはそこではない。

つまり、もっと具体的に触れるようにしようというのが「タンジブル」だ。実際触ったら逮捕ではないか、芸術品や未成年、成人でも許可が取れてない者はお手を触れちゃいけねえんだよ、ルールが守れない輩は帰れ、と思ったかもしれないが、触れているのはもちろんデジタル情報だ。

お前らはPCやスマホから多くの情報を得ている気になっているかもしれないが、所詮貴様がやっているのは指の上下運動であり、画面の向こうとこっちの世界は分断されてしまっている。「PCを使っている」というような状態から脱して、自然に、データに直接触っているかのような体験を目指していかなきゃダメなんだよ、ということだ。

だったら今すぐ、PC画面からへし切長谷部を出せよ、触るし舐めるわという話だが、先ほどから何と戦っているのかわからなくなってきたので、とりあえず、推しに触る触らないの話しはここで一旦置いておく。

では具体的に「タンジブル」というのはどのようなものなのかというと、「制約を取り払うための新しい仕組み」を試みるものであるという。例えば、キーボードを使って数式や化学式を書くのはやりにくい。こういう「道具による縛り」を無くし、より人とPCが近づくのが理想なのだという。

その「タンジブル」を実現するための例として「musicBottles」なるものが公開されたようだ。 ガラスの瓶の蓋をあけると音楽が流れるというシンプルなものである。つまり、スマホ上で言えば、音楽プレイヤーのアイコンをタップするという行為が、ビンの蓋をあけるという動作になったのだ。

ほかにも「I/O Brush」というものが発表されている。動画が公開されているので見てもらった方が早いのだが、これはパッと見、ただのブラシである。普通だったらこれにペンキなどをつけ、白い壁に「堕天使」と描いたりするものだが、この「I/O Brush」ではまず、ブラシで何かをタッチする。例えばトマトなら、ブラシがそのトマトの赤をコピーし、専用のデジタルキャンパスにその赤でドローイングをすることができるのだ。

単純に色だけではなく、模様などもコピーできる。もし私の肌をタッチしたら、キャンバス一面を、シミ、くすみ、吹き出物跡柄にすることができるのだ。そうすることで誰に得があるかは不明だが、技術として「できる」のだ。

つまりペイントソフトで言うところの「スポイト機能」みたいなものだ。今まで画面上の色を拾い、画面上に絵を描いていたものを、実物のブラシを使い、現実の物から色を拾いデジタルペインティングをするというわけだ。

確かに、従来のマウスなどの操作や、ディスプレイのタップに比べて、デジタル情報と使う人間との距離が近い感じがする。少なくとも、データのやりとりがガラス越しではなくなっている。

この技術が提唱されたのは少し前のことだが、これが最新技術によって進化すれば、本当に画面から出てきた推しを舐めることが可能かもしれない。

だが逆に、画面上で、指先だけで全部済むというのも素晴らしいことだ。

現在、多くの人が、布団の上でスマホをいじりながら寝ていると思うし、それが1日で一番楽しい時間、という人もいると思う。

それが可能なのは、スマホが掌サイズの機器で、さらに指先だけで操作できるからだ。もしこれが、お絵かきアプリにモノホンのブラシが必要など、現実で行われる物や動作が逐一必要になったら大変だろう。

つまり、推しが画面から出てきて舐められたらいいと思う反面、やはり出てこないことに良さがある、とも思えるのだ。


<作者プロフィール>
カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「やわらかい。課長起田総司」(2015年)、「ねこもくわない」(2016年)。コラム集「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年~)、コラム集「ブス図鑑」(2016年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。本連載を文庫化した「もっと負ける技術 カレー沢薫の日常と退廃」は、講談社文庫より絶賛発売中。

「兼業まんがクリエイター・カレー沢薫の日常と退廃」、次回は2017年10月31日(火)掲載予定です。

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インデックス

連載目次
第136回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(76)ファイアウォール
第135回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(75)V2X
第134回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(74)フリーミアム
第133回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(73)タンジブル
第132回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(72)HTML5
第131回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(71)Flash
第130回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(70)PoC
第129回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(69)UI/UX
第128回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(68)MVNO
第127回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(67)GUI
第126回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(66)USB Type-C
第125回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(65)サーバ
第124回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(64)デジタルツイン
第123回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(63)半導体
第122回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(62)IIoT
第121回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(61)ADAS
第120回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(60)アディティブ・マニュファクチャリング
第119回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(59)LPWA
第118回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(58)ディスラプティブ・イノベーション
第117回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(57)HEMS
第116回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(56)ニューロモルフィックコンピューティング
第115回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(55)M2M
第114回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(54)MR
第113回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(53)シンギュラリティ
第112回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(52)Society5.0
第111回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(51)Industry 4.0
第110回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(50)CPS
第109回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(49)3Dプリンタ
第108回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(48)CPU
第107回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(47)e-文書法
第106回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(46)CGM
第105回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(45)MFP
第104回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(44)チャットボット
第103回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(43)メッセンジャー
第102回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(42)PLM
第101回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(41)CAD
第100回 100回にわたる連載を振り返って
第99回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(40)モバイルペイメント
第98回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(39)ダークネット
第97回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(38)IPアドレス
第96回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(37)JPEG
第95回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(36)SCM
第94回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(35)コグニティブ
第93回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(34)ハプティック
第92回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(33) 会話型UI
第91回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(32) APT
第90回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(31) 4K・8K
第89回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(30) コネクテッドカー
第88回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(29) ビーコン
第87回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(28) ゼロデイアタック
第86回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(27) 生体認証
第85回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(26)CPM
第84回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(25)NAS
第83回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(24)デジタルサイネージ
第82回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(23)テキストマイニング
第81回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(22)ファビコン
第80回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(21)ERP
第79回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(20) オンデマンド
第78回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(19) VoIP
第77回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(18) ディープラーニング
第76回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(17) テレワーク
第75回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(16) 5G
第74回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(15) O2O2O
第73回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(14)SaaS
第72回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(13)シングルサインオン
第71回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(12)オムニチャネル
第70回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(11)ユビキタス
第69回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(10)ホワイトハッカー
第68回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(9)ビッグデータ
第67回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(8)ランサムウェア
第66回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(7)クラウド
第65回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(6)ドローン
第64回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(5)人工知能
第63回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(4)マルウェア
第62回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(3)FinTech(フィンテック)
第61回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(2)VR
第60回 連続特集・カレー沢薫と「IT用語」(1)IoT
第59回 mixi時代のリア充アピールと「消灯」
第58回 春の花粉症と個々人の「体質」
第57回 飲み会に誘われた→たたかう、にげる?
第56回 SNS疲れと「インターネット上の友達」
第55回 カレー沢流・「真の親孝行」と「かんぴょう巻」
第54回 地方在住のオタクと「ガンジス川のまんじゅう」
第53回 カレー沢薫が激賞する「別腹で食べるべきスイーツ」
第52回 カレー沢薫、「ゆとり」「さとり」を語る
第51回 もしカレー沢薫の作品がアニメ/実写化したら
第50回 兼業漫画家が語る「健康法」と「クソゲー」
第49回 安直?楽勝?作家から見た「過去のヒット作のリバイバル」
第48回 兼業作家とマイナンバー
第47回 デザインを学んだカレー沢薫の「卒論」
第46回 カレー沢薫が「最後の晩餐に食べたい」一品
第45回 オタクがオタクであり続ける理由
第44回 漫画家・カレー沢薫がはじめてコラムを書いた日
第43回 カレー沢暴力からの卒業
第42回 兼業漫画家と女の「諦め」
第41回 カレー沢暴力(薫)が語る、「お断り」な仕事の依頼
第40回 女が「美」を希求する理由、そして“ありのまま”の罠
第39回 上京の旅路のロハスな過ごし方
第38回 酒もたばこもやらない兼業漫画家が愛する「嗜好品」
第37回 兼業漫画家と怒りの賢者モード
第36回 福山雅治の結婚と「公式設定」
第35回 もし「カレー沢薫」が改名するとしたら?
第34回 漫画家デビューしたいなら、まず石油王になってから
第33回 猫もまたいで通る「老後」の話
第32回 兼業漫画家が考える、「前の作風の方がよかった」と言われた時の対処法
第31回 カレー沢薫が偏愛する、ある猫の物語
第30回 「結婚すればリア充」なのか? 非リア充/リア充の境界線
第29回 猫派の兼業漫画家、「犬」を語る
第28回 漫画家の仕事をクールに演出する「作業用ドリンク」
第27回 続・「カレー沢薫先生サイン会」の開催動機
第26回 兼業漫画家の「作業用BGM」
第25回 カレー沢薫が語る「恋愛」~壁ドンは本当にときめくのか~
第24回 兼業漫画家とLINEスタンプ
第23回 兼業漫画家に学ぶタスク管理の極意
第22回 酒やたばこより健康を害する、たったひとつの事柄
第21回 兼業漫画家の「夏の風物詩」
第20回 漫画家の夫になるということ(あるいは、夫婦が暮らすということ)
第19回 漫画家という職業選択と親心
第18回 二次創作の醍醐味と争いを生まないための「注意」
第17回 漫画家・カレー沢薫が語る「アイデアのつくり方」
第16回 猫よ、人の望みの喜びよ
第15回 カレー沢薫というペンネームを生んだ「病」
第14回 コミュ障界の石川五ェ門が人間観察をしない理由
第13回 「カレー沢薫先生サイン会」の開催動機
第12回 兼業漫画家の美容意識と"オタクの美醜"
第11回 あなたは米に「萌え」られるか
第10回 健康で文化的な兼業漫画家の生活
第9回 漫画家の絵の上達と「オウンゴール」
第8回 漫画家の夫をめぐる「傾向」と「受難」
第7回 カレー沢薫の華麗なる交友関係
第6回 漫画家は怒り、編集者はスコップを持つ
第5回 兼業漫画家は"大平原"の夢を見るか
第4回 カレー沢流・漫画制作におけるライフハック
第3回 "兼業まんがクリエイター"の日常を徹底解剖
第2回 確定申告、その経費と内訳~カレー沢薫の場合~
第1回 "漫画を描かない漫画家志望"がデビューするまで

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