今回のテーマはSCMだ。つまり、スーパーセンチュリーミラクルのことである。

可能な限り一番頭が悪そうに見える言葉を考えてみたが、想像以上に低偏差値になった。耳からタンポポとか生えてそうだし、逆に世界が平和になりそうだ。

だが、残念ながらSCMとは「サプライチェーンマネージメント」の略であり、やはり世界平和は遠いのだ。

ナゾの樹脂がペロペロされるまでを一元管理

まず、サプライチェーンとは「原料・材料が部品や半製品に加工され、最終製品が生産されて顧客に販売されるまでのモノの流れのこと」をさす。

つまり、何かよくわからない樹脂の塊的なものが、様々な工程を経て、刀剣乱舞のへし切長谷部のフィギュアになり、私にペロペロ舐められるまでが「サプライチェーン」であり、それを管理しようというのがサプライチェーンマネージメントだ。

別に今までだって在庫管理はされていただろうし、長谷部フィギュアの下半身パーツだけを野放図に作って大量に余らせているということはないだろう。だが、もしも本当に余っているなら、こちらに回して欲しい。責任を持って何かに使う。

しかし、今まで管理されていたと言っても、それは部署ごとのことだ。何かよくわからない樹脂の塊を作っている人は、それが美少女フィギュアの膝裏部分になって顧客にペロペロされているとか、斜め下アングルから30分ぐらい凝視されたりしていることなど知らなかったりするのだ。

SCMは、そのよくわからない樹脂の塊からペロペロまでを一つとして管理する、という意味である。つまり、個々の領域を管理するのではなく、全体を把握することにより、部署ごとの生産率アップやコスト削減につながるというわけである。

「仕事内容を皆で共有しよう」

どうやらこの「樹脂作っている奴も、美少女フィギュアの膝裏を作る現場の事情を考慮しながら仕事しよう」というような、「各部門で独立していた仕事を一本化」という考えが、今の会社経営の旬らしい。

前に似たような話としてサンドイッチ工場のピクルス一筋20年の42歳(厄年)の話をした。あのときのお題であった「ERP」は(基本的に)ひとつの企業の中で仕事を一本化する話だったが、今回のSCMは流通全体に関わってくる。つまり、何かよくわからない樹脂の塊を作る会社だけでなく、それを長谷部に生まれ変わらせる工場や、完成した長谷部フィギュアを運ぶ運送業、そしてそれを売る店にも関わる話だ。

しかし、一本化するといっても、そういったシステム作りをするのは容易ではない。大体、外部のコンサルティング会社が入り、その会社にあったシステム作りをするのだと思う。

実を言うと私が勤務している会社(以下、弊社)にも、去年からコンサルティング会社が入っている。厳密にはSCMとは違うのかもしれないが「仕事内容を皆で共有しよう」ということを言っているので、趣旨は同じだと思う。

まず、誰でも仕事がわかるように、業務をマニュアル化しようという話になったのだが、それに対する弊社社員の返答は「複雑な業務なのでマニュアル化できないし、マニュアル化したところで、それが誰でもできるなんてことはありえない」であった。非協力的なのである。

他の仕事を理解するデメリット

このように、全国で「呼ばれて来たのに、まさかの塩対応」という目にあっているコンサルタントがクソほどいると思う。会社を変えようと、コンサルタントを呼ぶのは経営者であるが、コンサルタントが業務内容の聞き取りをするのは、別に変わりたいとも思っていない平社員なのだ。むしろ、忙しいのに話を聞かせろ、業務をマニュアルにしろなどと言われてムカついている場合の方が多い。

それに「仕事全体を把握する」方針に社員が全然賛同してないまま、プロジェクトが進行してしまっているのだ。賛同もなにも会社がそうしろと言っているならするべきなのだろうが、当然のようにみんなグズる。コンサルタントの言葉を無視して、一心不乱に樹脂をこね続けたりするのだ。そうして長谷部になる予定もない過剰な樹脂の在庫ができてしまわないようにするのが本来のSCMの目的のひとつだが、現場の合意が得られていないと実現は難しいだろう。

実際はコンサルタントの言う通りやったら業務が簡略化されるのかもしれないが、「業務をマニュアル化」という説明では、どう考えても「要らん仕事が増える」ようにしか聞こえない。

それに、他の仕事を理解しているということは、その仕事の責まで負わされる可能性があるということだ。 漫画だって、私は一人で描いているが分業制のところもあり、背景を描く人から主役の目だけ描いている人まで様々だ。主役の目だけ描いている人に「背景も描けるんだから描いてください」と言って、描くかと言ったら否だし、描かせたとしてもクオリティは低いだろう。「やり方を知っている」と「やれる」は全く別問題なのだ。

どんなに優れたSCMシステムでも、まずそれを構築する社員のモチべが低いとどうにもならないし、結果として、全然舐めたくならない膝裏ができるだけなのである。


<作者プロフィール>
カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「やわらかい。課長起田総司」(2015年)、「ねこもくわない」(2016年)。コラム集「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年~)、コラム集「ブス図鑑」(2016年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。本連載を文庫化した「もっと負ける技術 カレー沢薫の日常と退廃」は、講談社文庫より絶賛発売中。

「兼業まんがクリエイター・カレー沢薫の日常と退廃」、次回は2017年1月24日(火)掲載予定です。