今回のテーマは「デジタルサイネージ」だ。一言で言ってしまうと電子看板である。

このコラムの読者は部屋から一歩も出ない人が9割と聞いているが、残りの一割は、街角などでCMを流しているディスプレイ型の看板を見たことがあるだろう。アレのことだ。

本件、これまでのIT用語と比べると非常に簡単である。だったら、もっと簡単な言い方があるのではと思うし、漢字で「電子看板」と書くより文字数が多くなってしまっている。伝わりにくい上に、略語にもなっていない。さらに、それを知らない人に言っても聞き返されるだろうから、説明するのに余計時間がかかる。

一見しゃらくさい言葉のように聞こえるが、なんでも時短とかコスパとかいう世の中において、あえて何周も遠回りしてみせるという雅な言葉である。

田舎の余白とトイレの個室

話は変わるが冒頭で「街角などで、CMを流しているディスプレイ型の看板を見たことがあるだろう」と書いたが、あれは嘘だ。どこが嘘かと言うと、あたかも昨今どこにでもある物のように言ったが、そうでもないのだ。少なくとも私はそんなに見たことはない。

まず私が部屋から一歩も出ないのが最大の原因だが、その次に、住んでいるところが田舎だからほとんど見かけないのだ。もちろん、デパート内とかでCMを流しているディスプレイは見たことがある。しかし町中にはほとんどない。もっと言うと、広告や看板自体がそんなにないのだ。田舎というのは、私の漫画ぐらい余白が多いのである。

なので、たまに都会に行くと、とにかく広告が多いと思う。もちろんデジタルサイネージもたくさん見るし、隙あらば何かしらを宣伝している。羽田空港など、便所の個室内にも小型ディスプレイがあり、CMが流れているのだ。

毎日何万人も出入りするであろう空港なら宣伝効果も高いだろうし、それに便所内に広告を出すというのは悪い考えではない。「ウンコしてる時は割と暇」という格言もある。そんな時、目の前にディスプレイがありCMが流れていたら見てしまうだろう。街中にデカい広告を出すより、よほど注目度が高いかもしれない。

しかし、この羽田の便所内で流れているCM、レパートリーがどのぐらいあるかは知らないが、私が見る時は大体「バイリンガルのベビーシッターを雇おう」という内容なのだ。毎回見てしまうのに、毎回私に5兆%関係ないCMが流れているのである。

デジタル広告と「ターゲット」

デジタルサイネージの利点は、その広告を目にする人の属性に合わせて、内容を都度変えられるという点にある。その場に集まる人の平均年齢が70歳以上なら墓のCMを流したり、90歳以上になると「逆に、もう俺死なないのでは?」と思っている人もいるであろうから、第二の人生をマカオで、みたいなCMを流したり、と臨機応変な対応が可能なのだ。

その原則に基づいて考えると、羽田でウンコしている人は、私を除いてバイリンガルのベビーシッターを必要としている人ということになる。つまり、羽田のトイレを利用している人、もっと言うと飛行機を利用する人はブルジョワジーであると想定されているのだ。そこから導き出される答えは、「私は飛行機を使うと想定されている層ではないため、徒歩で東京へ行くべき」ということである。

アンサーが出たので、早速徒歩で東京までどのくらいかかるか調べてみたが、意外にも2週間ぐらいで何とかなるようだ。ただし、休憩とか睡眠とか、私の体力などは考慮していない数字だと思う。しかし、バイリンガルのベビーシッターを雇えない私が、休憩とか睡眠をとろうなどとはおこがましい話である。

その羽田のトイレのCMは、本当に何年もそれのまま変わらないので、何か特殊な契約があるのかもしれない。だが、多分あそこでCMを流そうと思ったらかなり高いと思う。広告というのは、人の目につきやすい場所であるほど高いものである。

渋谷109に貼られる広告など、2週間で1300万とも言われている。だがそれは、そこがそれだけ多くの人の目に触れるからだ。なので、渋谷というのは本当に広告が多く、作画:小畑健かというぐらい余白がない。どんなに小さいスペースでも、渋谷で広告を出すと言うのは金がかかることのような気がする。

宣伝にまつわる負のスパイラル

このように「宣伝しないと売れない、だが宣伝にまず金がかかる問題」というのがある。 つまり109などに貼られている広告は「すでに売れているもの」もしくは「絶対に売れる見込みがあるもの」しかない。じゃないと、1300万などという宣伝費は出ない。

「『このマンガがすごい!』に取り上げられているのは、すでに売れている漫画じゃないか」という、売れない漫画家が年末必ず言うひがみみたいな話だが、売れてないから宣伝費が出ず、さらに売れなくなるという負のスパイラルは存在する。

だが今はネットがある、個人でHPやツイッターアカウントを取って宣伝する分にはタダだし、ある意味ネットというのは渋谷のスクランブル交差点より人目につく場所である。ネットから火が付くという例もたくさんある。

もちろん、つかない例も山ほどあるし、ネットで話題になった漫画を単行本化したら思ったより売れなかったということもある。ネットで話題の漫画が本にしても売れた、という話は、そういう話だと気付いた瞬間にブラウザを閉じているので、私はあまり見たことがない。

ネット社会と言っても、やっぱりテレビに出るのが一番反響は大きいと感じるし、街中にデカい広告を出す方が効果的というのも、また事実であろう。しかし、今現在私がテレビに出る一番の近道は「犯罪」であることは否めない状態である。


<作者プロフィール>
カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「やわらかい。課長起田総司」(2015年)、「ねこもくわない」(2016年)。コラム集「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年~)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。本連載を文庫化した「もっと負ける技術 カレー沢薫の日常と退廃」は、講談社文庫より絶賛発売中。

「兼業まんがクリエイター・カレー沢薫の日常と退廃」、次回は2016年10月25日(火)掲載予定です。