今まで、テーマとして出されるITワードの意味が全然わからない、と再三言ってきたが、実はここに掲載されているものは、まだわかった部類なのだ。本気でわからなかったものに関しては「無視」という潔い態度をとるので、ここに載ることすらないのである。

先日、また担当より新しいITワードたちが送られてきたのだが、相変わらずアルファベット羅列のみ、みたいな、わからせる気ゼロ、興味を引く気皆無の語群だった。こいつらは一体どれだけ自分に自信があるのか。「2兆円もらってください」「今夜主人がいません」「石油王です」等、あの手この手でクリックさせようとするスパムメールの姿勢を見習ってほしい。

連載史上初・カレー沢氏が興味津々のITワード

しかし今回、唯一、初めてと言って良いほど、意味が知りたいワードがあった。それは「オンデマンド」である。

なぜ知りたいかというと、去年から某 ブラウザゲームにハマってしまい、三十を過ぎて同人誌デビューまでしてしまったのがきっかけだ。

去年の10月、新大阪駅のホームで、初めて同人誌即売会サークル参加デビューを果たし、そこで買った薄いドスケベBOOKを両手いっぱい抱えた私に、手伝いに来てくれた小学校以来の友人が「この年になって、君とイベントに参加する日が来るとは思わなかった」と漏らしたのは、まるで映画のワンシーンのようだった。映像化したい方はご一報いただきたきたい。

話はそれたが、その同人誌を印刷する時に「オンデマンド印刷」という言葉を頻繁に 見かけるのだ。どうやら主流となっているオフセット 印刷よりは安いようだが、よくわからないので今までやらなかった。しかし、意味がわかれば次はやってみるかもしれない。

したいときに、させてくれるのが「オンデマンド」

まずオンデマンドとは、「ユーザーの要求があった際に、その要求に応じてサービスを提供する事」である。インターネットコンテンツの多くは、こちらの要求に応じて動画や画像などのサービスを提供するので、これはオンデマンドといえる。だがテレビなどは、こちらの要求とは関係なく、決められた番組を放送するのでオンデマンドとは言えない。

つまり、したい時にさせてくれる彼女はオンデマンド彼女だが、こっちはしたいだけなのに、買い物とか食事とか夜景とか、いらんプログラムを組んでくる彼女はオンデマンドとはいえないということである。

しかし、そういう女はオンデマンドなどという言葉が出てくるずっと前からいたはずであり、むしろこっちの方が大先輩だ。よって、オンデマンド印刷の 方が「都合のいい女印刷」と名乗るべきかもしれない。

で、そのオンデマンド印刷こと都合のいい女印刷が具体的にどういうものかというと、オフセット印刷だと原稿データからまず 版を製作して印刷しなければいけないので、版の料金を回収できるくらい大量に刷るものに向いている。

オンデマンドの場合はデータを直接印刷(主にカラーレーザー印刷機で)するため、小部数でも印刷ができ、安価、納期も早いという利点がある。良い事しかないように思えるが、やはり印刷の質としてはオフセットのほうが上のようである。

部数決定という大決断

だが、安価で小部数刷れるというのは大きなメリットである。同人誌を作る際、何部印刷するかというのは、描き手にとって大きな決断なのだ。

商業誌の単行本であれば、部数は出版社が決めるし、印刷代は当然出版社持ち。在庫も出版社の倉庫か、どこかの河川敷に置かれているだろうから、少なくとも自分が抱えずにすむ。

しかし、同人誌の場合、印刷代は自分持ちだし、売れ残ったものは自分のベッドの下などに保管しなければいけない。あまりにも売れ残るようではベッドが浮くし、その内、余った本でベッドが作れるようになってしまう。

そのため、欲しい人には行き渡るように、かつ余らない数を見極めて発行しなければならない。これは私のみならず、多くの同人作家が悩んでいることだと思う。

部数の決定は、pixivに投稿したその本のサンプルの閲覧数やブックマーク数、さらに購入者数アンケート、参加するイベントの規模などのデータを元に計算するのはもちろんのこと、さらには全裸になり五感を研ぎ澄ませ、指を唾で濡らし、風を読まなければいけない。

風、とは、自分が作成する同人誌のジャンルの盛衰具合である。人気のある旬のジャンルであれば、やはりそれだけ売れやすいが、自分の推しキャラの人気度合いなども加味しないと読み誤る。 逆に、 女体に見える壁の木目を模写した本などマニアックすぎる内容であっても、自分以外誰も作ってないものなら、同じようなマニアが集まるために売れることもある。どれだけデータと風を読み、全裸になっても、やはり余ったり足りなかったりするのである。

自分の厚い本(単行本)の献本在庫を100冊単位で自宅に抱えている私が、なぜ数ミリの薄い本の在庫をここまで気にするのか全然わからないが、とにかく、いつも大いに悩んでいる。

それを考えると、100部も刷りたくない場合でも、最低数が100部からとなっていることが多いオフセット印刷に比べ、もっと小部数から刷れるオンデマンド印刷は便利である。

必要な物を、必要な分だけ作ると訪れる危機

これからの同人界隈はこういった「必要部数だけ刷る」のが主流になるかもしれないが、この波が商業誌にまで来られるのは困る。

というのも、商業誌の単行本は、それが売れようが売れまいが、発行部数に応じて作家に印税が支払われるのだ。それが、欲しい人の数に応じて刷るようになり、実際に売れた数だけ印税が支払われるようになったら、完全に餓死である。

現在、なんでも「必要なものを必要なだけ」というのが主流である。しかし、「誰もいらないであろうものをとりあえず作る」という文化が消えると死ぬ人間がいるということも覚えていて欲しい。


<作者プロフィール>
カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「やわらかい。課長起田総司」(2015年)、「ねこもくわない」(2016年)。コラム集「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年~)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。本連載を文庫化した「もっと負ける技術 カレー沢薫の日常と退廃」は、講談社文庫より絶賛発売中。

「兼業まんがクリエイター・カレー沢薫の日常と退廃」、次回は2016年9月20日(火)掲載予定です。