今回のテーマは「近年多い『リバイバル』漫画・アニメについて」である。

漫画・アニメに限らず、リバイバルやリメイクは昨今まったく珍しいことではない。昔のドラマを今の俳優でやってみたり、古いゲームを最新の技術で作り直してみたり、解散したバンドが再結成したりするのも、これに含まれるだろう。「中学生の時お世話になっていたエロコンテンツを何の気なしに見返したら、逆に今のモノより使えた」という現象と同じように、当時楽しめたものは今でも大体楽しめるものである。

こういったリバイバルが発表されると、素直に喜ぶ当時のファンも多いだろう。だが中には、例えばバンドの再結成なら「解散後ピンでパッとしなかったから、金に困っての再結成だろう」など、過去の威光の使い回しに苦言を呈する者もいる。

私自身、そういったリバイバルに対してどう思うかというと、「いいな~!」と思う。羨まし過ぎる。私だって一発当てて、あとは一生それに縋って生きたいと思うが、それはできない。なぜなら、一発も当たっていないからだ。

カレー沢薫、「一発屋」のすごさを語る

リメイク商品に対し「安易な金儲け」と言う人もいるが、あれは全然安易ではない。前述の通り、過去のヒットをあてにするには、当然ながら一発ヒットを出さなければいけない。「一発で食っていきたいなら、まず一発当てろ」というのは、「モテたい」と願う男に「まずイケメンになって年収を1000万まで上げろ」と答えるぐらいのクソリプである。

結局、新作で当てるのも過去の当たりを使うのも、とにかく一回は当てないといけないことに変わりはないので、作者にとっては全然簡単ではないのだ。安易に儲けようとしている奴がいるとすれば「過去のヒット作でもう1回儲けましょうよ」と持ちかける第三者の方だろう。

作家によっては、いつまでも過去作品のことについて触れられることを好まない人もいるようだが、私に関して言えば褒めてくれるなら何でも構わない(ただし、過去作品に比べて今は面白くないという話なら、そいつの眉間に風通しの良い穴を開ける所存である)。

デビュー作が好きだったと言われればそれは素直に嬉しいし、仕事としてデビュー作をリメイクして描けと言われれば喜んで描く。当方が初期の作品のリメイクを描かないのは、どこも描けと言ってくれないからに他ならない。

そもそも 、リバイバルというのは過去に売れた物でやらなければ全く意味がない。リバイバル商品のターゲットは当時のファンなので、売れなかった物をもう一回やっても同じように売れないし、もっと売れない可能性の方が高いに決まっている。美味いカレーをリメイクして美味いカレードリアを作ることは出来るが、ウンコをリメイクしてカレーを作るのが至難の業であるのと同じだ。

過去の威光に縋るのもあまり良い事ではないかもしれないが、売れなかった物に執着する方が5億倍ヤバいので、そこは諦めて次を作るしかないのである。

リメイク作品のやさしさと「ゾンビ化」の恐怖

受け手として考えても、私自身、リメイク作品はかなり好きな方だ。単に懐かしいというのもあるが、年を取って「全く新しい物」を取り入れる力が落ちているからというのもあると思う。

ゲームをするにしても、新しいゲームのシステムを1から覚えるのは面倒だし、映画を見ていても、登場人物の名前と顔がなかなか一致せず、「おい!なんでこいつ生きてんだよ!じゃあさっき死んだの誰だよ!」ということが平気で起こる。その点、リメイクものなら新情報を仕入れる必要がないため、簡単に入り込むことができるのだ。

人によっては「リメイクされているとはいえ、同じ物を見て楽しいか?」と思うかもしれないが、この「知っている」というのが逆に頼もしいものである。当方、加齢と共にフィクションに対する鬱耐性がドンドン落ちてきているので、自分の心に傷をつけるような作品は見るのを避けたいと思っている。だから、何の予備知識もなく見た映画が「主人公は世界を救った。だがしかし、彼女は寝取られた」みたいな結末では困ってしまう。オチまでわかっている作品の方が逆に安心して見られるのだ。

とはいえ、周知の通り、リバイバルが全て成功するとは限らない。久しぶりに再会した初恋の彼女が金髪のパンチパーマになっていたら、誰しも「再会なんてしなきゃよかった」と思うだろう。やらない方が良かったリバイバルも多く存在する。

別の例えで言えば、「美しい盛りに死んだ彼女を、半分溶けたゾンビとして蘇らせました」みたいなことになっている下手なリメイク、下手な続編を出してしまったばっかりに、過去の威光さえ汚してしまう場合もある。 よって、過去作品のリメイクや続編を持ちかけられた作家は相当緊張すると思う。下手を打つと当時のファンさえ落胆させてしまうからだ。

結局リバイバルというのも、少なくとも作り手にとっては楽ではないことなのだと思う。では作家にとって何が一番楽かというと、「昔の作品が今になって突然売れる」ことである。リメイクする手間もなく、最も手っ取り早い。

私も、当時売れなかった自著が今売れても全然困らない。読者におかれましては今すぐAmazonなどの通販サイトの検索窓に「カレー沢薫」と入力していただき、検索結果に出てきた物を何でもいいからご購入いただければ幸いである。


<作者プロフィール>
カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。連載作品「やわらかい。課長起田総司」単行本は1~2巻まで発売中。10月15日にエッセイ「負ける技術」文庫版を発売した。

「兼業まんがクリエイター・カレー沢薫の日常と退廃」、次回は2016年2月16日(火)掲載予定です。