今回のテーマは「アイデアを生み出す方法」である。 そんなもの、違法なクスリを使う以外で、手っ取り早くできるのであれば、こっちが教えてほしい。他の作家はどうか知らないが、自分の場合はひたすら机の前で頭を抱え、時に「薬 神が降りてくる 合法」などとググりながら、とにかく「頑張って出す」としか言いようがない。

もちろん、実際に危険なドラッグをキメながらネタを出しているわけではないし、最初から描くことが何もないわけでもない。ノートの最初のページはキレイに描こうとするように、漫画だって最初はやる気と希望に満ちている。描きたいことだってたくさんある。「キャラが勝手に動いちゃうんだよね」とツイートしてしまったりもする。そして、その状態は大体単行本の第1巻が発売されるまでは続く。

漫画家が権太坂を上るとき

漫画家にとって、作品とはわが子同然だ。どんなにデキが悪かろうが他者に認められなかろうが、等しくかわいい。と言いたいのはやまやまだが、そんなわけがない(※個人の感想です)。やはり人気がある方がかわいいというか、筆もノるし、アイデアも次々とわいてくるものなのである。

なので、単行本1巻が出て、それが売れていないとわかるや否や、テンションはガタ落ちなのだ。勝手に動いていたはずのキャラが、どこの武田信玄かというぐらい、動かざること山のごとしになるのである。

作家にとって非常に苦しい時である。作品に対するテンションが下がっているのに、その不人気を挽回するネタを考えなければいけないのだ。こういう時に、読者から見れば「どうしてこうなった?」というような破天荒なテコ入れがされてしまったりするのだが、作者の精神状態的には"両足骨折で権太坂を上ろうとしている"ようなものなので、多少トチ狂ったことになってしまっても、それは仕方のないことなのである。

わが子のような作品の"蘇生"

もちろん、人気がないからと言って、その作品がかわいくなくなったというわけではない。前述のように何とか蘇生してやろうと、心臓マッサージを繰り返し、肋骨をボッキボキに折って逆に息の根を止めてしまうこともしばしばだ。

しかし、わが子可愛さゆえの親心が、逆の方向へ行ってしまう場合もある。1巻の売れ行き状態を聞いて「この子は短命かもしれない」と悟った瞬間「1日でも長く生きさせよう」ではなく「せめて安らかに眠らせたい」と思ってしまう場合もあるのだ。つまり、急な打ち切りにより、伏線が回収できずに支離滅裂な終わり方はしたくない、と思ってしまうのだ。

中には「どうせ終わりなら最後にぶちかましてやりますわ」と最後まで風呂敷を広げて、それを一切たたまず爆破する、という伝説的終わり方をするものがあるが、それは相当メンタルが強いか、すでにメンタルが破壊し尽くされている作家のやることで、自分のような小物は「何とか着地させたい」と思ってしまうのだ。

その結果、「終われと言われる前から最終回に向かう」という大逆走をぶちかましてしまうのである。もちろん、いつ終われと言われているわけではないので「いつでも終われる」ような展開ばっかりになる 。そんな漫画が面白いわけがない。

つまり、死体がきれいか、肋骨が全部折れて内臓が破裂しているかの違いで、早死にすることには違いないのである。

漫画家が新作を生み出すために必要なことは?

漫画はビジネスなので、出版社の方も、芽が出ない作品をズルズル続けさせるわけにはいかない。そして作家にとっても、ダメな物は終わらせて新作でヒットを狙った方がいい場合もある。しかし、新作を考えるというのがまたつらいのだ。

特に当方、これと言ったヒットがないまま、漫画家生活すでに5年である。こうなると、何を描いても売れない自信がついてくる。思いつくアイデアは全てがダメな気がするのだ。

そういう状態の作家に、担当編集は「描きたい物を描いてください」と言う。しかし、それがまた「ない」のである。そこで正直に「描きたい物はないです」と言ったところ、担当からはこのような答えが返ってきた。「大体の作家はそう言います」と。そして、担当から「こういうのはどうですか」と提案されると、また大体の作家が「そんなもの、私には描けない」と言うそうだ。

ド最悪である。こんな最悪な生き物を何とか鼓舞して漫画を描かせなきゃいけない漫画編集には心から同情する。しかし、「描きたいものが見つからない」とか「ネタが降りてこない」とか拗ねているうちに餓死するのは漫画家の方だ。出版社側は、そいつが描かなきゃ、他のやつに描かせるだけだからである。

つまり、どれだけやる気がなくなろうが、自分の才能に絶望しようが、漫画を通して読者に伝えたいことがゼロであろうが、「とにかく出す」しかないのである。

本当は、「アイデアに詰まった時は、映画や小説を見て着想を得る」とか、「お気に入りの喫茶店でネームをする」とかいう話をしたかったのだが、他の創作物を見ると、着想を得るというより丸パクリしてしまうし、住んでいる所が田舎なため、中年女が喫茶店で漫画を描いているというだけで通報案件だし、そもそも喫茶店というものが周囲になかった。

よって、今日も部屋を転げまわるしかない。そのためか、最近床が老舗中華料理屋のようにベトついてきた。

カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。2015年2月下旬に最新作「やわらかい。課長起田総司」単行本第1巻が発売され、全国の書店およびWebストアにて展開されている。

「兼業まんがクリエイター・カレー沢薫の日常と退廃」、次回は7月7日(火)正午掲載予定です。