今回のテーマは「同業作家とのエピソード」とのことだが、はっきり言って「ない」の一言で終わってしまう、もちろん他の作家に会ったことはあるが、漫画論で紛糾してゴールデン街で殴りあった等のおもしろエピソードはない。

デビューして1年未満のころ、出版社側もまだ期待してくれていたのか「聖☆おにいさん」の中村光先生と、「ふたがしら」のドラマ化が決まったオノ・ナツメ先生に会わせてもらったことがある。思えばあの時が自分のピークであり、あれから5年経ち、ふたりとの差は当時よりもさらに広がったし、その時もらったサインを未だに自慢しているという有様である。

交流の機会を「全欠席」する理由

このように、ごくたまに同業作家と同席する機会を設けてもらうこともあるが、基本的に他の作家と出会う機会がほぼないのだ。交流する一番の機会と言えば、各出版社が催す忘年会や新年会に出席することだろうが、当方デビューしてからそう言った会は全欠席なのである。

まず単純に、地方に住んでいるからという理由がある。なぜかどの出版社も週のど真ん中に会を催すのだ。もちろん来るのは漫画家であるから、「休みは土日」という概念がないのでそれで問題ないのだろう。だが、当方会社員もやっているので、年末の平日に会社を休み、飛行機と宿をとって出席するというのは、いくらなんでもエクストリーム忘年会すぎる。

それと、デビューした年に「売れたら行きます」と言ってしまったことも影響している。これは「未来永劫行きません」と宣言したようなものである。自分が雑誌の看板作家ならわざわざ上京してチヤホヤされにいく価値はあるかもしれないが、数万の交通費をはらって「お前誰?」という顔をされ続ける会に出席するというのはいくらなんでもドMすぎる。

だが仮に、東京在住の専業漫画家だったとして、そう言った会合に出席するかというと、行かないような気がする。なぜかと言うと、性格がとにかく卑屈で嫉妬の塊だからである、その場に売れている作家(大体が自分より売れている)がいれば、ものすごく卑屈になるか妬むに決まっている。それも「いつか漫画でお前を超える」という前向きな嫉妬心なら良いが、パンチやキックを駆使してその場で何とかしてやろうと思ってしまうのである。もちろんそんな度胸はないので脳内でやるのだが、こんなことを考えながら飲む酒が美味いわけがない。

「うまい酒」を酌み交わすための座組

よって、私が安心して飲もうと思ったら、全員私と同列か、それ以下しかいない会、ということになる。だがしかし、それだともう近所のちょっと絵の描けるおっさんを集めて飲むしかない。だが、そのちょっと絵の描けるおっさんだって、突然世に見出されて「画伯」と呼ばれる可能性があるかと思うと油断できない。もう犬を集めて飲むぐらいしかできないのだが、それではワンちゃんがかわいそうである。やはり何をどう考えても、「欠席」が一番幸せな選択肢となるのだ。

漫画というのは、本当に誰がいつ売れてもおかしくない世界である。自分のようにくすぶっている同業仲間を作った所で、相手が突然売れてしまうかもしれないのだ。その時自分が友の成功を喜べるかというと、完全に否だ。全力で足を引っ張ろうとするし、脳内でパンチとキックをお見舞いするだろう。当方、Twitter等で流れてくる、会ったこともない作家の作品のアニメ化などに一日中ムカついていられる逸材なのである、近しい人間のサクセスなど許せるわけがない。そのため、「同業者とはあまり関わらない方がいい」というのが現在の私の結論である。

それだけではない。同業者だけでなく「同業志望者」も駄目だ。漫画家を目指す若者に「漫画家は大変だよ(笑)」などと先輩ぶった後に、その若者がデビュー作で100万部売ったとかいう展開になったら目も当てられない。

また、単純に何を話していいかわからない、という所もある。相手の作品が好きでじっくり読んでいるというなら作品を褒め続ければいいのだが、会う作家全員の作品を読むというのはなかなか難しい。会話が完全に手探りになってしまう自分の姿は容易に想像がつくし、話している内に「あっ、こいつ俺の作品読んでねえ」と気づかれるのも、逆に相手が自分の作品を読んでいないのに気づくのもつらいものがある。かと言って、使っている画材や確定申告の話をするのも、プライベートでも仕事の話しかできないサラリーマンみたいで物悲しい。

カレー沢氏が唯一会ってみたい相手とは?

このように、漫画家云々以前に自意識過剰すぎて人付き合いができないタイプなので、同業仲間はいないし積極的に作ろうとは思わない。だが、唯一会って話をしてみたいと思う作家がいる。具体的に誰ということではなく、「担当編集が同じ作家」と話してみたいのだ。

しかし、実際に会って「あの担当クレイジーだよな!」と前のめりに話しかけたものの、「いや普通ですよ」と冷静に答えられ、実はクレイジーなのは自分の方だったと気がつく……などというホラー映画みたいなオチになるんじゃないかと思うと、それも怖くてできないのである。

カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。2015年2月下旬に最新作「やわらかい。課長起田総司」単行本第1巻が発売され、全国の書店およびWebストアにて展開されている。