【コラム】

東京バイツ

149 いい大人になってもフロクやオマケに魅せられてしまうこと

    福冨忠和  [2003/10/23]

    昔からオマケとかフロクの要素に弱いような気がする。

    古くはグリコのおまけ付きキャラメルにはじまり、月刊少年誌の綴じ込み付録、学研(学習研究社)の学習雑誌「学習」「科学」の付録、アトムシールのついたマーブルチョコレート(明治製菓)などもそうだけど、本体(雑誌やキャラメルやチョコレート)よりも、付属品であるオマケ、フロクに目がくらんで、子どもの頃から随分散財してきた気がする。

    家族と旅行などに行き電車に乗ると、KIOSK(当時は鉄道弘済会の売店?)のちょっと高い場所につるされている電車のおもちゃ入りのお菓子とか、カメラの形の容器に入ったアメだとか、普段見慣れないそういうものがほしくてたまらなかった。親の用事に無理矢理つきあわされた時でも無ければ、実際買ってもらったことはほとんどなかったが。

    といってもこれらの印象は、玩具店や縁日の夜店の店頭で子どもの欲望を直接喚起するおもちゃのきらびやかなイメージとは、どこかがちょっと違っていて、あくまで本体は別にあり、その付属品としての魅力のような気がする。子どもながら、本体+付属品のお得感=経済観念を欲望として刻み込まれていたのだろうか。あるいは玩具はそう頻繁に買ってもらえないが、お菓子や学習雑誌なら親にねだりやすい子どもと、売り手が単に共犯関係にあっただけだろうか。

    いずれにしてもこのオマケ、フロク好きは私だけでなく、高度成長期に成長したかなり多くの子ども(現在は大人)にすり込まれているんじゃないか。なくてもいいような食品のついたいわゆる"食玩"を「大人買い」してしまう大の大人だとか、復刻版の電子ブロックや「大人の科学」シリーズ(共に学研)や、デアゴスティーニ・ジャパンなどが発売している金属製模型のついた本(というか箱)の好調らしい売れ行きなどにも、買ってもらえなかった「オマケつき」「フロクつき」の経験が、どこか尾を引いているような気がする。

    たとえば今年の4月に1冊の本を買った。以前書いたが、『鉄腕アトム』に関する記事を雑誌連載していて、そのための資料として購入したものだった。『鉄腕アトム その夢と冒険』(アトムを愛する会編 手塚プロダクション監修 JTB)という本だ。実はこの本には「初版限定」と銘打って「アトムの誕生日とシリアルナンバーがレーザーで刻印された、鉄製ICチップ(レプリカ)」がついている。要は「アトムの人工知能」に見立てた小さなICチップが、本の表紙部に付録として貼り付けてあるだけなのだが、なんとなくうれしい。ところが、半年後の最近、この「初版限定」のはずの付録付きバージョンをある書店の店頭で見つけてしまった。私は悩んだ。同じ本を、もう一冊買うべきかどうか、と(笑)。

    こういう、いわば「グ、リ、コ、チ、ヨ、コ、レ、イ、ト」時代のすり込みを、さまざまな商品を送り出しているメーカーが見過ごしているわけがない。オマケ、フロク世代には「豪華な○○が当たる」という確率的なインセンティブよりも、「もれなくついてくる」総当たりの魅力が有効だったりするのだ。1本にひとつ妙なキャラクター付きのキャップがついてくるコーラとか、意味のわからない携帯ストラップ付きの缶入り緑茶とか、あなたも一回は買ってみたんじゃないか。

    ダイレクトマーケティングやマスコミの業界内にはこういうオマケ、フロク的な要素を使った宣伝戦略が実にうまい会社がある。ボールペンが同封されているだけで、もともとは関心の無いクレジットカード会社の封筒を捨てずに開封するのは、その典型だろう。

    いつも感心させられるのは、映画配給会社のクロックワークスだ。この会社はあの『ブレア・ウイッチ・プロジェクト』の宣伝戦略を成功させた会社だから当然なのだが、驚くのは、この会社から郵送されてくる試写会の案内だ。

    メディアや関係者向けの試写会のリリースだから、そんなに凝ったものでなくても、と思わないではないけど、映画をヒットさせるためには、いくら作品がよくても、まず評論家なり編集者なりジャーナリストなりに観てもらわなくちゃ、メディア上に露出されることもなく、観客も呼べない。たぶん同社は、たくさんの広告予算を投入できない作品について、最初のとっかかりにになる試写案内の形式に力を入れているのだろう。

    ゲイの人によるバレーボールチームの話『アタック・ナンバーハーフ』(2000年 タイ映画)の時、たしか団扇に印刷された試写会案内が来たのが、最初だったかもしれない。『REM(レム)』(2000年 アメリカ=フランス=カナダ映画)の時は、睡眠薬のパッケージのような箱の中、効能書そっくりの映画の案内が入っていた。『RAIN(レイン)』(2000年 タイ映画)の時は、ハガキに鉄製の拳銃の弾丸(のレプリカ)が付いたものが送られてきたし、『theEYE【アイ】』(2001年 香港=タイ映画)の時は、眼帯が貼られた郵便物が送られてきた。『地獄甲子園』(2002年 日本映画)の時は、何もオマケはついてなかったが、手書きの筆書き文字で大きく「果たし状」と書かれた郵便物が届いたときは、ちょっとびっくりしたものだ。

    もちろんこれらは試写案内の気の利いたデザイン、というべきでフロクでもオマケでもないのだが、このセンスあるいはナンセンスあふれる郵便物を受け取った時の、わくわくする感じは、どこかKIOSKのカメラ型キャンディやアトムの人工知能付きの本の時に似ているのだ。加えて、試写会に出かけた私は、カメラの中身のアメが意外に少なくてがっかりしたかつてのような経験にいまのところ遭遇していないから、大がかりなCF展開でたいしたこともないモノ(映画)を売りつける類とは、対極にある気がする。

    オマケ付きお菓子のことはすぐ忘れてしまうが、家族と行った旅行のことを忘れないように、試写会で観た映画は、いまもよく憶えている。

    福冨忠和(Tadakazu Fukutomi)
    vwyz@jca.apc.org

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