【コラム】

東京バイツ

115 顔、手、声、耳、血液はどこまで「私は私である」と証明してくれるか

    福冨忠和  [2003/02/05]

    先日の報道に、外務省が「パスポート(旅券)の偽造防止や本人確認のため、顔の形や虹彩(ひとみの模様)など体の一部の特徴(生体情報)を利用した個人識別制度を導入することを決めた」(Yomiuri On-Line 2月3日)とあった。パスポートへのバイオメトリクス(生体情報技術)の導入に関しては、一昨年9月11日のテロ以来、国際民間航空機関(ICAO)やG8で協議を進めてきている、ともあるのだが、そういう動向については実は無知でいた。

    そういえば、昨年には国土交通省・新東京国際空港公団・日本航空・NTTドコモ・松下電器産業による「e-チェックイン実証実験」(2003年1月8日から3月14日)が行われるという報道もあって、気にしていたのだが、背景にこういう動きがあったわけだ。この実験のほうは、ICカードおよび、顔認識と眼球の虹彩による本人認証で、搭乗手続きを行うもの。事前に登録した生体情報を搭乗手続きの段階で参照する方式らしい。

    生体情報は印鑑やパスワードなどに比べればユニークなデータだから、それをオンラインや不特定多数が出入りする場所でのセキュリティ管理や個人認証に使うという発想はわかりやすい。しかし、生体情報による認証でも100%確実とは言えない。

    Webで調べてみると、究極の生体認証指標であるというDNA鑑定でも「ABO式血液型鑑定と併せて実施することにより、同一の型が現れる割合は最も出現頻度が高いものでもおよそ日本人数万人に1人」(平成13年警察白書)。つまり、自分と同じDNAと鑑定される人が存在する可能性がある。それでも日本の裁判所はDNA鑑定を採用する方向のようで、水戸地裁下妻支部での強姦致傷事件判決(平成4年2月27日)ではじめてその証拠能力を認定している。このケースは被告側が否認している事件について、被告側の了解のもと現場遺留の血液と精液をDNA鑑定したもの。つまり「犯人は自分ではない」という証明に被告側が積極的にDNA鑑定を使った。逆に、「この人が犯人です」と名指す場合はどこまでも確実とは言えないことになる。

    もちろん現在導入されつつあるバイオメトリクス技術は、DNAのような手間のかかる技術ばかりではない。指紋、掌形(手の大きさ、長さ、厚さ)、顔(輪郭、配置、温度による骨格特定)、虹彩、声紋(声の特徴)、署名(サインの特徴)、耳形状、キーストローク(キーボード入力の特徴)、手の甲の血管パターン、におい -- など多用な特徴点を抜き出して個人認証に活用することが目指されている。これらの中には顔の情報など、本人にも知られずに認証可能な技術も含まれていて、ロンドンのニューハム地区での犯罪者を顔認証で特定する監視カメラシステムの導入実例に倣って、日本でも街頭監視カメラに同様の技術を導入しようという動向があるという。

    しかし、これらの技術はDNAほど精度が無い上、企業などが日常業務の中で運用するためには、あまり厳密な手続きもリスキーとなる。そのため多くは先のパスポート発行のように、比較的緩い2つ以上の生体情報認証を組み合わせ、マルチモーダルな運用を行うというのが技術の趨勢らしい。

    ところで、問題は先のDNAと同じくこれらバイオメトリクス技術でも「本人じゃない」と認証するのは「本人だ」と認証するより簡単だ、という点だろう。「本人になりすます」ことは確かにこの認証方法で難しくなってくる。しかし、生体の特徴点をセンシングする信号にノイズを入れるのは、比較的簡単な技術で実現できるだろうから、「他人になりすます」可能性は、技術進化との競争ながら、どこまでも残ってしまう。ちょっとした変装でも顔による認証で「本人じゃない」と偽ることは可能かも知れない。事実、過去にはオウム事件で、指名手配犯に対して指紋を変える手術が行われていた。

    そうすると、確信犯的なテロリストなどを生体情報技術によってフィルタリングすることは、実はあまり向いていないことになるのではないか。

    昨今の日本人に成りすましたスパイ事件の報道などを見ていると、そもそも報道にあるような「旅券の不正使用によるテロリストの出入国防止」にどれだけ効果があるのか疑問なのだ。これらの事件では、パスポートを取得したことのない人物を選んで、スパイは本人に成りすましているわけで、生体情報による認証に頼るほど、逆に欺きやすくなる側面も出てくる。

    そう考えると、バイオメトリクス導入の効果も、偽造防止などより別の側面にあるのではないかと勘ぐりたくなってくる。政府なり一部の機関なりが、人々を生体情報によって管理したいのでは、と。つまり、確実な本人認証でなくても、ある程度の確率で本人認証を運用できれば効果があるような業務(犯罪防止、労務や公安的な行動監視)にバイオメトリクスを使いたいという背後の意図が存在しているのではないか。

    要は、政府機関、企業などバイオメトリクス認証を運用する機関が、取得した個人の生体情報データを、どのように管理するか、という点にかかっている。現状のインターネットの世界では、Web閲覧すると残るクッキーファイルだとか、プライバシーポリシーへの同意のみで比較的簡単に個人情報が他の組織に流用されてしまっているが、街頭カメラなどからも運用できる生体情報に関しては、その程度ではまずいのだ。関連する法整備なりデータ運用の監視システムの設立が、本当に急務だと思う。

    チェックインもIT化で快適に、JALが成田で来年1月から実験開始
    http://pcweb.mycom.co.jp/news/2002/11/06/18.html

    福冨忠和(Tadakazu Fukutomi)
    vwyz@jca.apc.org

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    http://pcweb.mycom.co.jp/column/bytes.html

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