【コラム】
実際に行ってみないとわからないことは多い。ピラミッドに関するどの写真も、砂漠の中にギザの四角錐が2つ、その間を道が走っている光景を描いているので、ほとんどの人は巨大遺跡が広い砂漠の真ん中にあるものと勘違いしている。カイロ市のはずれの古代建築物は小高い丘の上にあり、急激な人口増加のために北側の丘の下の間近まで迫る住宅街が、南側からの写真に写らないだけなのだ。
掘り返せば、おそらく別の遺跡も発見されるだろう土地の上に、つぎつぎと新造されているのは、伝統的なレンガづくりではなく、コンクリートづくりの住宅。中流階級以上に属す住民の自慢は、ピラミッドに歩いていける距離にすんでいることかもしれない。カイロ市内のハイウェイを走っている途中でも、運転手が「見ろ、見ろ」と指さす。「今日は天気がいいから、ピラミッドが見える」のだと。日本人にとっての富士山のような存在。
ピラミッドは宇宙からの通信を受け止めるためのアンテナだと主張する人もいる。しかし傍らの住宅の屋上に据え付けられているのは、四角錐ではなく鍋状のパラボラアンテナだ。エジプト政府が打ち上げたナイルという名の2つの放送衛星は、社会主義的な国家統制の残るエジプトにも、メディア自由化の兆しをもたらした。中東戦争の実質的な敗北以降、親米、親イスラエル色を強めたエジプトは、それまでのアラブ圏の政治センターの座から降ろされていたが、ここに来てまた再臨しつつある。背景に、政治状況の変化だけで無く、メディア、ITに関するエジプト政府の政策の成功が無いとは言えない。
中東には、大きくイラン、アラブ首長国連邦という3つのメディア自由化、IT化に取り組む国家があり、それぞれ「中東の情報ハブ」として名乗りをあげている。しかし、アラブではないイラン、人口が少なく国内に市場を持たないドバイ(アラブ首長国連邦)やカタールと違い、エジプトはアラビア語のコンテント需要が国内にもともとあり、広大なアラビア語圏にも映像コンテントを販売できる。この長所を国家再建の目玉とするエジプト政府の取り組みは大規模かつ本格的だ。
カイロ郊外に建造されているメディアプロダクションシティは、膨大な数の映画、放送用スタジオ、オープンセット、遊園地やリゾートホテルを兼ね備えたハリウッドのような人工都市で、建造中ながらすでにスタジオの大半が稼働している。衛星放送技術のおかげで、政府、民間ふくめていきなり放送チャネルを増やした中東地域だが、供給するコンテントが足りないのだ。アルジャジーラやBBCに倣ったニュースやドキュメンタリーはどこでも作れるが、ドラマや映画作品はインド制作のものに頼ってきた。この地域にインドから出稼ぎの多いこともあるだろう。この状況への憂慮も、国としてそれを支援したイラン映画とエジプト映画の台頭につながったらしい。
しかし、大事業を独力でやり遂げるには、エジプトは疲弊しすぎている。休戦中ながらまだ戦時下にあるこの国、先の大統領は暗殺された国でもある、カイロ市内には、雇用政策としてたくさん雇われたに違いない兵隊や警官が、AKライフルを抱えて街中いたるところに立ち、官庁だけでなく博物館、ホテルなどあらゆる公共施設で、旅行者は金属探知器をくぐりぬけねばならない。髪の長い著者などは、入国時から最後まで、ボディチェックばかりだ。
大事業のための予算の空白は、ODAとか援助という言葉で埋められることになる。そういう意味で日本人はいいカモだ。一般人は日本について、よく見かける年配の団体旅行者やテレビ放送されている「おしん」や「デジモン」くらいの知識しか持たないが、政府幹部の口からは、JICA、NHK、そして機材に関わるソニー、イケガミの名が次々飛び出す。援助獲得の切り札は、当然ピラミッドをふくめた古代遺跡となる。アレキサンドリア図書館のプロジェクトではユニセフとIBMの名が同等にあがる。
もともと現在のエジプト人はピラミッドとは無関係だ。四角錐の表面を覆っていたなめらかで光沢ある石をはがし、イスラム寺院の建造に使ったのは彼らなのだ。たぶんヨーロッパより古い原始キリスト教であるコプト教徒も同じことをした。なにもしなかったのは一定の人口をしめるユダヤ人のみ。彼らだけが、被支配者としてこの地に連れてこられた。
「日本人か、ワールドカップは大変だな」といった会話をきっかけに、土産物をうりつけようとする少年。それを時折ラクダに乗った武装警官が義務的、おざなりに追い払う。所詮、5ポンドのものを10ポンドで売ったと言うくらいの犯罪にすぎないのだ。
ギザピラミッドの内部の通路の急な勾配をなんとか登りつめると、ちょうどピラミッドパワーを感じるといわれる位置に、石室がある。宇宙のアンテナ説を主張するオカルト志向の欧米人旅行者が「しずかに、しずかに、パワーを感じることができない」などといきなり座禅を組み、ほかの旅行者から「アーメン」とか「ナンマイダブ」などと冷やかさられる。
昔読んだ吉増剛造の詩ではたしか、ここに神が宿るのではなく、石そのものが神だと表現していたと思う(「オシリス、石の神」)。神秘的なパワーより、そちらの方が信憑性がある。何千年も朽ちない石を、宇宙までたゆたう軽薄な精神や情報に対置させた。たぶん、それがかつてのエジプト人の知恵だ。写真をとってやろうか? 絵はがきはいらないか? ベリーダンスの店もあるぞ? 見えない未来、マネー、マネー、さしあたりの安寧。この国はまだ、すぐにはよくならないだろう。
福冨忠和(Tadakazu Fukutomi)
vwyz@jca.apc.org
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