ブルー・オリジンとBE-4

ブルー・オリジンは、Amazon.comの創設者であるジェフ・ベゾス氏によって、2000年に立ち上げられたベンチャー企業だ。同社は秘密主義を貫いており、開発しているロケットや宇宙船の詳細についてはあまり明らかになっていない。

これまでに、シャーロンとゴダードという2機の垂直離着陸ロケットの実験機を開発し、飛行試験を行っていたという記録がある。その後は、ニュー・シェパードと名付けられた大型のサブオービタル宇宙船を開発しており、またニュー・シェパード用の、BE-3と呼ばれる液体水素と液体酸素のロケットエンジンの開発がすでに完了しているという。

またそれと並行して、地球の軌道を回る宇宙船としてスペース・ヴィークル(SV)を開発しているとされる。NASAが進める、国際宇宙ステーション(ISS)への物資や人員の輸送を民間企業に担わせる計画「COTS」にも参加しているが、スペースXやボーイングなどとは異なり、NASAからの資金援助ほとんど受けておらず、基本的に自社資金、言い換えればジェフ・ベゾス氏の個人資産で開発されているようだ。

ブルー・オリジンが開発しているサブオービタル機ニュー・シェパード (C)Blue Origin

ブルー・オリジンが開発している有人宇宙船スペース・ヴィークル(SV) (C)Blue Origin

今回の記者会見で発表されたのは、このブルー・オリジンが開発している「BE-4」と名付けられたエンジンに、ULAが資金を提供するということだ。

BE-4は液化天然ガス(LNG)と液体酸素を推進剤とするエンジンで、推力は海面上で550,000lbf(約2.45MN)を出すことができ、アトラスVなどへはエンジンを2基束ねて(クラスター化して)使用するという。また、完全米国製であることも特長のひとつだ。

開発はすでに3年前から始まっており、テキサス州に、BE-4の開発と試験専用の施設も建設済みだという。今後、開発が順調に進めば、2016年にも完成品エンジンの試験が、そして2019年に同エンジンを搭載したロケットの初飛行を見込んでいるという。

なお記者会見では、BE-4は現行のアトラスVのRD-180を直接代替するものではない、とも語られた。これは、アトラスVにそのままBE-4を装着できるわけではないので、代替するとしても再設計が必要になるということであり、また同時に、次世代機にはRD-180は使わないという意思の表明でもあるのだろう。

また、BE-4はRD-180よりも低コストであり、ULAのロケット価格の引き下げに役立つだろうとのことだ。加えてULAだけではなく、他社や、あるいは他国への販売も検討していることも語られた。

テキサス州郊外に造られたBE-4エンジン用の開発・試験施設 (C)Blue Origin

BE-4エンジンの液体酸素用インペラー(左上)とタービン(左下)、二段燃焼の試験の様子(右) (C)Blue Origin

LNG、酸化剤リッチ二段燃焼、一軸式ターボ・ポンプ

模型や想像図を一見したところ、BE-4には大きく3つの新機軸があるように思う。

1つ目は燃料に液化天然ガス(LNG)を使っていることだ。LNG燃料の利点は、端的にいえば液体水素とケロシンの中間ぐらいの性能を出すことができ、また推進剤の密度が高いため、ロケットの構造効率を高くできるということがある。さらに、液体酸素とLNGの組み合わせでいえば、LNGの沸点は液体酸素と近いので、断熱が簡単というのも利点だ。

またブルー・オリジンによれば、燃料タンク内の気圧調整をLNG自身でできるようになるため、ヘリウムを使った加圧系統が不要になるという。さらにLNGは安価なため開発や試験も行いやすく、ススも発生しないため、将来的にエンジンを再使用する際に操作性や安全性が高くできることから、発展性があるという。

BE-4ロケットエンジンの模型 (C)ULA

2つ目は酸素リッチ二段燃焼であることだ。まず二段燃焼というのは、ロケットエンジンの動作サイクルのひとつで、推進剤の一部を予燃焼室(プリバーナー)で燃焼させ、その発生した燃焼ガスで、推進剤をエンジンの燃焼室に送り込むための強力なポンプ(ターボ・ポンプ)を駆動させる。そしてこのターボ・ポンプを動かすのに使った燃焼ガスもまた燃焼室に送られ、燃焼するというシステムだ。すべての推進剤を無駄なく使えるため、性能向上が期待できるが、システムが複雑になるため開発は難しい。

そして酸化剤リッチというのは、ターボ・ポンプを動かすためにプリバーナーで発生させた燃焼ガスの中に酸化剤を含んでいるということだ。エンジンの性能を上げることができる反面、酸化剤を含んだ高温ガスが配管やタービンを流れるため、温度はもちろん腐食にも耐えられるように造らなくてはならない。これまでに実用化に成功しているは旧ソヴィエト/ロシアぐらいで、特殊なコーティングを施して解決しているといわれる。ただ、米国もかつて、ボーイングがRS-84という酸化剤リッチのエンジンを試作したことがあり、この時はコーティングを必要としない、特殊な金属を用いて実現したとされる。

かつてNASAとボーイングが開発していたRS-84 (C)NASA

3つ目は一軸式ターボ・ポンプと思われる構造を採用している点だ。一軸式というのは、ターボ・ポンプを回転させるタービンと、LNGと液体酸素をそれぞれ送り込むポンプとが、すべて1本の軸(シャフト)で繋がっている構造のことを指す。

多くのロケットエンジンは、酸化剤と燃料でそれぞれ別々のターボ・ポンプを持っている。特性が違う2種類の液体を、最適な混合比で燃焼室に送り込む必要があるためだ。これをひとつにすると、部品数が少なくなるため、軽量化や製造の手間が軽くなるなどの利点があるが、その反面、同じ回転数のポンプでどのように2種類の推進剤を適切に送り込むのか、という難題が発生する。これを実現するには高い技術力が必要となり、実用化に成功しているのは、やはり旧ソヴィエト/ロシアぐらいしかない。

左側に写っている円柱形の部分が一軸式ターボ・ポンプと思われる部分。この中に、プリバーナー、タービン、そしてLNG用と液体酸素用両方のポンプが入っていると思われる (C)ULA

BE-4の持つ可能性

BE-4の開発はすでに3年前から始まっているとされるが、こうした高性能エンジンの開発には困難が付き物であり、開発の遅延や中止は十分起こりうるだろう。また今後、ロシアとの関係が落ち着けば、RD-180の輸入が継続される可能性も十分にある。

だが、選択肢が増えることは、ULAとしても、また米国の安全保障の点からも望ましいことであり、この投資が無駄になることはないだろう。そして前述の通り、ブルー・オリジンは独自にロケットや宇宙船も開発しているため、例えアトラスVの後継エンジンとして採用されなくても、BE-4を自社のロケットで使用することは可能であり、ブルー・オリジンにとってもやはり利益のある話だ。

また、そもそもケロシンやメタン、LNGなどの、炭化水素系の燃料を使うロケットエンジンは、米国では数が少なく、現時点で使用可能なのはスペースXのマーリン・エンジンや、デルタIIに使われているRS-27Aぐらいしかない。将来性も考えると、炭化水素系エンジンの技術を開発することは決して無駄ではない。

例えば現在、NASAでは超大型ロケットのスペース・ローンチ・システム(SLS)の開発が進められている。SLSはスペースシャトルの技術を多く流用して造られる予定で、両脇を固めるブースターも、やはりスペースシャトルで使われていた固体ロケットブースター(SRB)を改良したものが用いられる。しかし、将来的にはそのブースターに液体燃料ロケットを使う構想もあり、BE-4がそのエンジンとして採用される可能性もあるだろう。

昨今、スペースXが新しい宇宙開発の雄として注目されているが、今後、これまではダークホースだったブルー・オリジンが、宇宙開発の表舞台に出てくることもあるかもしれない。

参考

http://www.ulalaunch.com/ula-and-blue-origin-announce-partnership.aspx
http://www.ulalaunch.com/uploads/docs/BE-4_Fact_Sheet_Web_Final_2.pdf
http://www.ulalaunch.com/faq-ula-and-blue-origin-partnership.aspx