日本人の英語熱は英語の社内公用語化というニュースもあり、ますます高まるばかりだが、外国人で日本語を勉強する人も少なからずいるようだ。

AJATT(ALL JAPANESE ALL THE TIME)というサイトを運営するKhatzumoto氏もそんな一人。氏はアメリカ人だが独学で日本語をマスターし、日本の会社にソフトウェアエンジニアとして就職したという。語学学校にも行かず、テキストも使わずに日本語をマスターしたらしい。

英語ネイティブが日本語を学ぶということは、我々日本人が英語を学ぶのと同じくらい困難さがあると思う。

Khatzumoto氏のブログに興味深いポストがあったので紹介しよう。それは「臨界頻度: 言語接触のまったく新しい見方(原題: Critical Frequency: A Brand New Way of Looking At Language Exposure)」というエントリである。第二言語習得において臨界頻度(Critical Frequency)という用語は私が調べた限りではないので、氏の造語であろう。ブログの中ではCritical Massに対するアンチテーゼとして挙げられている。

Critical Massとは、物理学において核分裂可能な物質が一定質量以上集まると臨界に達するという"臨界質量"が原意である。第二言語習得においてはある一定以上の学習を重ねればその言語をマスターできることを意味する。

英語学習を2,000時間ないし3,000時間すれば、英語をマスターできるといった類のことは、まことしやかに伝えられているし、私もそう信じている。英語は結局長く勉強した者の勝ちだ、と。

このCritical Mass説がどれほどの信憑性があるのかはわからないが日本の英語教育界ではまあ信じられていると思う。

しかしこの説を疑うに値する事象もある。すでに日本語をマスターしているKhatzumoto氏が1週間英語だけで生活し、その1週間後、氏の日本語は少し変になったというのだ。英語漬けの生活のせいで日本語を忘れてしまったのだろうか?

また、第2次大戦後、60年間ウクライナで暮らした元日本兵がすっかり日本語を忘れてしまったという例も挙げられている。20年間日本語の生活をして日本語をマスターしていたにもかかわらず、その後、60年間日本語を使わなければ、すべて忘れてしまうとは! Critical Mass説は正しいのか?

ほかにも、帰国子女が日本語のみの生活をするうちに、マスターした外国語を忘れてしまうので、親が子供を外国語学校に通わせてせっかく覚えた外国語を忘れないようにさせるということも聞く。

つまり、第二言語というものはCritical Massでマスターしたとしても、その外国語に触れる機会を失えばすぐに忘れてしまうものである、といえるかもしれない。これはこれで納得感がある話である。

そこで出てきたのがCritical Frequency説。これは「第二言語に触れる時間ではなく、頻度が重要である」という説だ。ここで頻度は多ければ多いほど良いという。Khatzumoto氏の感覚では30分から60分おきに触れるのが良いという。

氏が提唱するパターンは30分おきに1 - 2分、1時間おきに2分、2時間おきに10 - 15分、4時間おきに30 - 60分などがあり、氏は1時間おきに2分を実践し始めているという。

つまりこういうことだ。朝7時0分から7時2分まで外国語を聞く、8時0分から8時2分まで外国語を聞く、といったことを1日繰り返す。起きている間は毎時間、2分間英語に触れるということだ。寝ているときはどうするかって? 氏は寝ている間はpodcastの音声を流し続けているという。

氏は今、この方法で中国語を勉強しているそうだ。1時間に2分とはいえ、頭の中に常にちゃんと中国語が残っている感覚があるという。

アニメのように静止画が高頻度で表示されると動画に見える、みたいな原理ではないかと氏は説明している。

もちろんこの方法は第二言語習得ではしろうとのKhatzumoto氏が独自に思いついた方法であり、なんら裏付けがあるものではない。

しかし、日本の英語教師も言っているではないか。1週間おきの3時間の学習より、毎日30分のほうが効果的だと。もっと突き詰めると、毎日30分より、毎時2分のほうが効果的といえるのではないか。脳に対する刺激という点からみても、毎日30分の刺激より、毎時2分の刺激のほうが効果的かも?とも思える。

社会人の英語学習には「隙間時間の活用」がよく提唱される。忙しくてまとまった学習時間が取れない人でも、1分、2分といった隙間時間を使って英語に触れれば上達するということだが、これってCritical Frequency説を体言しているではないか。

私がかつて書いた英語学習本にも、ちょっとした空き時間の活用法として、小さな紙に覚えたい単語と意味を書いてポケットにしのばせておき、数秒間の空き時間に紙をちらっと眺めるという勉強法を紹介した。今思うとこれもCritical Frequency説にのっとっているかもしれない。

まあ、いっさいの裏づけがないこのCritical Frequency説だが、試してみる価値はありそうだ。2分間で何をするか、それはあなたの工夫しだいである。

著者紹介

本多義則 (Yoshinori Honda)

日立製作所勤務のIT系研究者。10年前に趣味と実益を兼ねて英語学習を再開以来、アナログからデジタルまであらゆるツールを駆使して英語学習に励んでいる。職場では「英語ができる男」と見られているが、実はそうでもない真の実力との差を埋めるべく、英語学習をやめられなくなっている。休みの日の朝は英語のメルマガ執筆にいそしむのが習慣。取得した英語関連の資格は、英検1級、TOEIC955(瞬間最大風速)、通訳案内士(英語)。座右の銘は「あきらめない限り必ず伸びる」。著書に『伸ばしたい!英語力―あきらめない限り必ず伸びる』Twitterアカウントはこちら