【コラム】

アジア風土記

86 ソウル トゥ ソウル(2) ネオンパニック

    中上紀  [2003/12/11]

    ホテルの地下を逃げ出した私は、だからと言って部屋に戻って寝る気にもなれず、そのまま外に出ると歩き出した。バスで到着した際、窓からは輝くばかりの色とりどりのネオンの光景が見えており、その正体がずっと気になっていたのだった。

    例のメン・オンリーだというサウナやマッサージの例もあるが、どんな国でも繁華街は歩いているだけで楽しいものである。

    ところが、十数メートルも歩くと、夜のネオンと思っていたクリスマスもしくは歌舞伎町と見まがうばかりの鮮やかなきらきらの正体が、繁華街でもなんでもなかったことがわかって唖然とした。なんとそれらは、照明器具屋の商品の明かりだったのだ。

    そのホテルのある通りには、照明器具を扱っている店ばかり集中しており、道を挟んだ両側にずっと並んだそれらの店は対抗するように、ギンギラの光を発している。照明は、室内用ばかりでなく、外灯や、電気看板など、何でもありのようで、高々と掲げられているカラフルなネオンライトも、そこにバーやスナックがあるというサインではなく、そういう"商品"が展示されていたのだった。

    何とも奇妙だが、それはそれで面白い"照明器具通り"である。しかし、変に期待して繰り出した私は、飲み屋どころか喫茶店一つない有様に拍子抜けしてすごすごと部屋に戻り、ああ、せっかくのソウル第一日目なのに、このまま大人しく寝て過すことになろうとは、とため息をついた。

    ところが、夜はまだまだこれからだということを、私はふと思い出したのである。

    例のマッサージやらサウナやらの事件に出会う前、他の同行者の面々とさて今晩はどうするという話になり、「ソウルでいまいちばんイケてるナイトスポット」へ行ってみようということになった(断っておくが、我々は全員作家なので、当然それは取材のためであり、決して遊びたいためではない)。すると、通訳の韓国人男性、Hさんが「いいディスコがありますよ。会員制だけど知り合いの店なので頼んどきます」と言った。

    ク・ラ・ブではなく、デ・ィ・ス・コという懐かしい響きが微妙にくすぐったくて、ちょっと胸が騒いでしまった。

    そのディスコはとある超高級ホテルの地下にあった。入り口にはスーツを着た従業員が立っており、我々が到着したときは欧米客が飛び込みで入ろうとしているのを制止しているところだった。

    欧米人が去ったあと、Hさんがひと言ふた言告げると、従業員はそれまでの憮然としたそぶりから「お待ちしておりました」というような下にも置かない態度に急変し、我々を店の中に仰々しく導いた。何でも、Hさんの友人の家族が経営している店だとかで、Hさんも若い頃はそこの顔だったとか。

    席に案内されて飲み物や食べ物が運ばれてようやく落ち着いてきたところで周りを見渡した。なるほど、ダンススペースは狭いが、店全体は綺麗で広くソファも大きくてくつろぎやすい。客もよく入っており、年齢層も幅広いようである。

    しかし、かかっている音楽が特別素晴らしいわけでもないし、見れば見るほど、何の変哲もない日本でもざらにあるような普通の店で、わざわざ人に頼んで連れてきてもらうほどでもないなと思ったくらいだったが、そのうち頭の中が?マークでいっぱいになるような奇妙な光景がそこここで繰り広げられていることに気づいたのだった。

    ダンスフロアで踊っているのが女性ばかりなのはまあいい。ただ、本来なら飲食物の注文を取ったり運んだりといったことが仕事のはずのウェイターたちが、客の若い女性の腕を強引に掴んで、どこかへ連れて行っているのである。

    女性たちは嫌がっているようで、一様に下を向いているが、結局引っ張られるままにウェイターについて行っている。

    最初、我々の席の目の前でそのシーンが展開されたとき、女はきっとウェイターの彼女で、痴話喧嘩でもしたのだろうと思ったのだが、あまりにもフロアのあちこちで同じことが繰り返されているのだ。

    いったい、これはどういうことなのだろうか。そう疑問を抱きながらも、私は他の作家たちと「まあとりあえず踊りましょうか」と、フロアで何曲か踊り、疲れたので一人席に戻ろうとした。と、前からウェイターがやって来て、すれ違いざまにいきなり私の腕を掴んだのだ。

    「○×○×@%★★☆!!!」私の頭の中はこんな記号だらけになった。

    (次回へ続く)

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