2段目のH-Treeはメタル7の横棒が片側0.67mmで、抵抗が148Ω、容量が0.13pFとなる。Hの縦棒の半分は0.67mmで、抵抗が258Ω、容量が0.13pFである。この回路をLTSpiceでシミュレートしてみると各点の波形は図2.11のようになる。台形の波形が入力波形で、次の波形がHの横棒の端で、最後の波形がHの上端の波形である。なお、この2段目のH-Treeの回路モデルではインダクタンスは無視している。

図2.11 第2段のH-Treeの回路シミュレーション結果

図2.11から見ると、H-Treeの遅延時間は50ps程度であるが出力側の波形が鈍っており、380psの周期では振幅が減少してしまっている。このように波形が鈍ると、次のバッファが0/1を判定するスレッショルド電圧が、製造ばらつきで中心の0.5Vから+/-0.1Vばらつくと、クロックのタイミングが+/-20ps程度ずれてしまうことになる。このため、クロックとしてはよりシャープな立上り(と立下り)が欲しい。

メタル7とメタル6のH-Treeの配線幅を4倍として、配線容量は1.9倍と見込んで同様に回路シミュレーションを行うと図2.12のようになる。

図2.12 配線幅を4倍とした第2段H-Treeのシミュレーション結果

図2.12では遅延時間は25ps程度に短縮され、H-Treeの端でもフル振幅が得られている。そして、次段のバッファのスレッショルド電圧が0.1Vずれてもタイミングのずれは5ps程度と、まあまあの波形であると言える。

この場合、2段目のH-Treeの全配線長は4mmで配線容量は1.52pF、駆動するバッファのエフォートは1,520,000である。これは各段のエフォート4.15で10段のインバータで実現でき、バッファの遅延時間は129ps程度となる。そして第3段のH-Treeは3倍の線幅のメタル7とメタル6で構成すると、配線の遅延は12ps程度、バッファの遅延は125psとなる。

H-Treeの根元を駆動する第1段のバッファの出力から、20ps(H-Tree第1段)+129ps(第2段バッファ)+25ps(H-Tree第2段)+125ps(第3段バッファ)+12ps(H-Tree第3段)=311psとなる。つまり、この設計では、基準点から4mm角の領域内の64カ所に300ps程度の遅延でクロックを分配することができる。

クロック分配の遅延時間は、分配する領域の大きさや使用できるメタル配線の抵抗や容量によって大きく変わるので一概には言えないが、前の例に見られるように数100ps程度になる。

そして、バッファも配線も製造ばらつきがあり、各要素の遅延時間は+/-30%程度ばらつく。このばらつきが相関の無い正規分布であると仮定すると、全体の遅延時間のばらつきは、各段のばらつきの2乗和のルートとなり、0.3×SQRT(t1×t1+t2×t2+…+tn×tn)となる。前の例では合計20段のインバータと3段のH-Treeがあり、計算を簡単にするために全部の段が同じ遅延時間とすると、1段あたりの遅延は13.5psとなる。そして、前の式は0.3×SQRT(23)×13.5psで19.4psとなり、3段目のH-Treeの端点でのクロックSkewは+/-19.4psと見積もられる。

後述のように、さらに最終分配系が必要であるので、プロセサ全体としてはその部分の遅延時間のばらつきも入れる必要があるが、H-Treeクロック分配系のSkewは、384ps(2.66GHz)のクロックの場合サイクルタイムの+/-5%程度ということになる。ここにあげた設計もSkewによるクロック周波数のロスは約10%で使い物にならないというほど悪い設計ではないが、後述のようなテクニックを使い、現在のマイクロプロセサではより小さなクロックSkewを実現している。

なお、ここで用いたFastHenry2はhttp://www.fastfieldsolvers.com/から無料でライセンスされているフィールドソルバーである。このパッケージにはFastCap2という寄生容量のソルバーも含まれているが、LSIの配線の場合は絶縁物の誘電率が一様ではなく、どのようになっているかが分からないので、正確な計算は難しい。

LTSpiceは、アナログ系のLSIの大手メーカーであるLinear Technologyが無料でライセンスしている回路解析プログラムである。狙いとしては同社の製品のLSIを使う設計が出来るようにすることであると思われるが、その他一般の回路設計に使っても良いというラインセンス条件になっているので、ここで示したような使い方もできる。

回路解析機能とここに示した出力表示に加えて、回路図を入力するスケマティックエディタも付属しており、通常の回路解析には十分な機能を備えている。また、マルチコア並列化もなされており、マルチコアCPUを持つPCで動かすと自動的に全コアを使って並列処理してくれる優れものである。業界標準のSynopsysのHSPICEと比較すると不足している機能もあるが、HSPICEは数10万円程度のライセンス料がかかるのであるが、それが無料であるから贅沢は言えない。