現代の私たちの生活は電気、水道、ガスなどのエネルギー供給系や、電話や放送などの情報伝達系などのインフラストラクチャはが無ければ成り立たない。マイクロプロセサにとって、これに相当するのは電源供給系とクロック分配系であろう。

プロセサのクロックがGHzを超える高速になってくると、実は、電源系やクロック系の設計は非常に難しいのであるが、これらをどのように設計すれば良いのか分かっている設計者はあまり多くない。電源系やクロック系の動作も、当然、電気磁気学や回路理論に従って動くのであるが、100万個のフリップフロップにクロックを供給し、1億個のトランジスタに電源を供給する系の回路モデルを作り特性を解析するのは大変である。また、解析できたとしても、それが目標を満足しない場合、どのよう改良すれば良いかが分からなければ意味がない。

このように、電源系やクロック系の設計はマイクロアーキテクチャや論理設計に比べて、経験がものを言う部分が多く、技術を知らない人には魔法である。ということで、Howard JohnsonとMartin Grahamの2氏が「High Speed Digital Design:Handbook of Black Magic(邦訳版は" ハワード・ジョンソン 高速信号ボードの設計 基礎編"と"ハワード・ジョンソン 高速信号ボードの設計 応用編"の2冊構成)」という本を書いている。

この本が出てから、電源やクロック分配系や高速信号伝送などの技術を黒魔術(Black Magic)という言い方が流行り、一時は、Black Magicianを求むという求人広告も見られた。このJohnsonの黒魔術ハンドブックは主にプリント基板にICを実装する時代の技術について書かれているが、その基本はVLSIになっても変わっていないので参考になる。

VLSIのマイクロプロセサの設計では、筆者の知る限りでは「SOI Circuit Design Concepts」という本を書いたIBMのKerry Bernstein氏とNorman Lohrer氏、最近、AMDのCorporate FellowになったSamuel Naffziger氏やSun(現Oracle)のRobert Masleid氏などは業界を代表する黒魔術師である。そして、元IBMで筆者も一緒に仕事をさせてもらったJohn Zasio氏は私が尊敬する黒魔術師である。

次回以降はこの黒魔術の一端を説明して行こう。黒魔術師になるには実地で経験を積む必要があり、この後の説明を読むだけでなれるものではないが、それがどのようなものであるかを理解する助けにはなると思う。