【コラム】

航空機とIT

75 実機拝見(9)エアバスA320

井上孝司  [2016/01/04]

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今回のお題は、日本国内でも就航している旅客機「エアバスA320」の一族である。A320に加えて、短胴型のA319や長胴型のA321があるから、それらを総称すると一族という表記になるわけだ。

なぜか筆者は日本国内では乗ったことがなく、アメリカでだけ乗ったことがある。それも、ワシントンDCのダレス空港からラスベガスのマッカラン空港までという長距離路線で。と、そんな話はともかくとして。

日本のエアラインの機体なら見慣れているので、香港エクスプレスの機体を

売り物はハイテク

エアバスA320は、流れとしてはA300シリーズに続いて登場した第2作であり、機体規模は先行するボーイング737に近い。初飛行は1987年、就航は1988年のことである。

外見は旅客機として一般的なもので、特に変わったところは見受けられない。乗客として機内にいる分には、これも他の旅客機と比べて大きく違いがあるわけではない。一般的な単通路機である。

ところが、コックピットに入ると一変する。第71回で取り上げたボーイング757/767より後から登場した機体だから、グラスコックピット化されているのは当然と言えるし、ディスプレイ装置の画面はこちらのほうが大きい。それより何より、正副操縦士席の前にニョキッと立っているはずの操縦輪がないのが最大の特徴である。

これは、F-16と同様にフライ・バイ・ワイヤ(FBW)を導入するとともに、操縦輪を止めてサイド・スティックにしてしまったせいだ。ただし、F-16は右手でサイド・スティック、左手でスロットル・レバーと決まっているが、A320は正副操縦士席で配置が逆になる。

つまり、右席の副操縦士は右手でサイド・スティック、左手でスロットル・レバーを操作するが、左席の機長は左手でサイド・スティック、右手でスロットル・レバーを操作する。最も使う重要な操縦装置が左右逆転して混乱しないのかと思うが、もともとスロットル・レバーは正副操縦士席が並列配置なら右手操作だったり左手操作だったりするものだし、案外とすんなり慣れることができるのかもしれない。

単に見た目がスッキリするとかハイテクっぽいとかいうだけでなく、サイド・スティックにすると身体の前の空間に余裕ができるし、テーブルを設置して書類などを広げる余地もできる。

A320機が「ハイテク化された旅客機」と呼ばれる場合、それを構成する主な要素はFBWとサイド・スティックの組み合わせ、それとグラスコックピットであると言える。

旅客機をFBW化する利点

ただし旅客機の場合、F-117Aみたいに「ステルス性を重視したために、飛行制御コンピュータがないとまともに飛べない」なんていうことはない。運航の安全を考えればレーダーで監視してもらうほうがありがたいのに、レーダーに映りにくくしてどうする。

無論、戦闘機みたいに「わざと空力的に不安定な機体を作っておいて機敏に飛ばす」なんていうニーズも存在しない。安全に、安定して、滑らかに飛ぶことが第一である。

とはいえ、操縦操作次第では危険な領域に入ってしまい、例えば機首上げの度が過ぎて失速するような場面はあり得るかもしれない。そこでFBW化して飛行制御コンピュータを介することで、危険領域に入るような操縦操作をした時に飛行制御コンピュータが介入して、危ない操縦操作を抑制するような使い方が可能になる。

その代わり、飛行制御コンピュータがどういう場面でどういう介入の仕方をするのか、あるいはどういう機体の動かし方をするのか、といったことをパイロットがきちんと承知していないと、操縦操作と飛行制御コンピュータの喧嘩になり、かえって事故が起きる可能性につながってしまう。という話は以前にも書いた。

そこのところをきちんと対処していれば、何も問題はないわけだ。ただ、ソフトウェア制御の部分が増える分だけ、ソフトウェアのテストや熟成は重要になる。A320の話ではないが、FBWのソフトウェアに起因する問題によって墜落事故につながった事例、皆無ではない。

ハイテク化に走った理由

では、エアバスがどうしてこのような路線を歩むことになったのか。これは個人的な推測だが、民間旅客機の市場で先行するアメリカ勢に追いつき、追い越す際の武器として、経済性とか信頼性だけでなく、さらに何かしらの「武器」が必要だったのではないか、ということだ。

そこで前述したようなわかりやすい「ハイテク要素」を取り入れて、先進性をアピールする手に出たのではないかということである。もちろん、コンシューマー商品とは違うから、単に「ハイテクっぽい」というイメージだけで販売につながるわけではない。

しかし、ハイテク化という切り口から独自のメリットを訴求できれば、それは販売を後押しする効果につながると期待できる。「飛行制御コンピュータが、危険領域に入らないように対処する」なんていうのは、その一例である。

グラスコックピット化にしても、他のエアバス機との共通性を維持して、機種移行を容易にしたり操縦資格を共通化したり、といった利点があるから、ちゃんとしたメリットを訴求できるハイテク化である。メリットがあるのかないのかよくわからなかった、乗用車のデジタルメーター(1980~1990年代にかけてだいぶ流行した)とは事情が違う。

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インデックス

連載目次
第76回 実機拝見(10)CATBird
第75回 実機拝見(9)エアバスA320
第74回 実機拝見(8)F-117Aナイトホーク
第73回 実機拝見(7)RQ-1プレデター
第72回 実機拝見(6)F-16ファイティングファルコン
第71回 実機拝見(5)ボーイング757/767
第70回 実機拝見(4)ようやく初飛行! 三菱MRJ
第69回 実機拝見(3)コンベアF-102デルタダガー
第68回 実機拝見(2)グラマンA-6イントルーダー
第67回 実機拝見(1)ロッキード・マーティンF-35
第66回 航空機用電子デバイス(8)表示デバイス[その2]
第65回 航空機用電子デバイス(7)音声入力と頭の向きの検出
第64回 航空機用電子デバイス(6)入力デバイス
第63回 航空機用電子デバイス(5)アンテナの種類と搭載方法いろいろ
第62回 航空機用電子デバイス(4)実装と冷却と整備性
第61回 航空機用電子デバイス(3)電磁波対策と光ファイバー
第60回 航空機用電子デバイス(2)表示デバイス
第59回 航空機用電子デバイス(1)発電機と電源とAPU
第58回 飛行安全とIT(11)スペーシングの調整
第57回 飛行安全とIT(10)空母への着艦
第56回 飛行安全とIT(9)低視界環境下での着陸
第55回 飛行安全とIT(8)ドローンの安全対策
第54回 飛行安全とIT(7)保安・テロ対策
第53回 飛行安全とIT(6)気象と安全
第52回 飛行安全とIT(5)電磁的トラブル対策
第51回 飛行安全とIT(4)安全とテクノロジーの関係
第50回 飛行安全とIT(3)管制と安全
第49回 飛行安全とIT(2)航法と測位
第48回 飛行安全とIT(1)自動化による安全性向上
第47回 訓練とIT(5)管制官向けのシミュレータ
第46回 訓練とIT(4)シミュレータ同士の通信対戦
第45回 訓練とIT(3)その他のシミュレータ
第44回 訓練とIT(2)フライト・シミュレータ・その2
第43回 訓練とIT(1)フライト・シミュレータ・その1
第42回 無人航空機(6)UAVでどこまでできる?
第41回 無人航空機(5)衝突回避
第40回 無人航空機(4)群制御
第39回 無人航空機(3)UAVと地上の通信
第38回 無人航空機(2)地上管制ステーション
第37回 無人航空機(1)どうすれば無人で飛ばせる?
第36回 飛ぶための計算(5)格安運賃をいかに設定・実現するか
第35回 飛ぶための計算(4)離陸時の諸元に関する計算
第34回 飛ぶための計算(3)需要予測にまつわるいろいろ
第33回 飛ぶための計算(2)燃料
第32回 飛ぶための計算(1)重量バランス
第31回 ワークロードの低減(6)戦闘機搭乗員の状況認識
第30回 ワークロードの低減(5)管制のワークロード低減
第29回 ワークロードの低減(4)ワークロード低減と自動化の関係
第28回 ワークロードの低減(3)グラスコックピット
第27回 ワークロードの低減(2)FMSとMPS
第26回 ワークロードの低減(1)自動操縦装置
第25回 航空機の設計と製作(8)航空機の製作・補修と3Dプリンタ
第24回 航空機の設計と製作(7)IT化が設計にもたらした影響いろいろ
第23回 航空機の設計と製作(6)デジタル・モックアップ
第22回 航空機の設計と製作(5) 航空機のソフトウェア開発
第21回 航空機の設計と製作(4) 航空機の試験・評価
第20回 航空機の設計と製作(3) 工程とサプライチェーンの管理
第19回 航空機の設計と製作(2) 組み立て工程と部品の管理
第18回 航空機の設計と製作(1) 設計・製作工程のコンピュータ化
第17回 アビオニクス(8) コックピットの電子化とEFB
第16回 アビオニクス(7) 電磁波干渉問題
第15回 アビオニクス(6) ミッション・コンピュータとMPS
第14回 アビオニクス(5) 軍用機のミッション・システム
第13回 アビオニクス(4) BITE
第12回 アビオニクス(3) 安全と効率化の両立
第11回 アビオニクス(2) 航空機にまつわる通信と電波
第10回 アビオニクス(1) アビオニクスとは
第9回 機体構造の保全とHUMS
第8回 飛行機とコンピュータ制御(3) その他編
第7回 飛行機とコンピュータ制御(2) 推進システム編
第6回 飛行機とコンピュータ制御(1) 機体編
第5回 航空機の運航管理(5) 有人機と無人機の空域共有
第4回 航空機の運航管理(4) 空域管理と衝突回避
第3回 航空機の運航管理(3) 運航票とFDP
第2回 航空機の運航管理(2) 地上からのレーダー監視
第1回 航空機の運航管理(1) 航空機の航法

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