【コラム】

航空機とIT

74 実機拝見(8)F-117Aナイトホーク

 

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最近はそうでもなくなったが、1990年代の前半には「ステルス機」といえばこれだった。そう、ロッキードF-117Aナイトホークである。この機体もF-16ファイティングファルコンと同様にフライ・バイ・ワイヤ(FBW)で飛ぶが、今回の本題はそちらではない。

F-117Aの外形的特徴がよくわかる一枚。流麗という言葉はどこかに置き去りにしたようである 写真:USAF

こんなモノが飛ぶわけがないだろう

F-117Aの特徴は、大きな後退角を持った主翼平面型と、曲面がなくて角張った機体形状にある。どう見ても空気がスムーズに流れてくれるとは思えない形状であり、実際、「空飛ぶボルテックス・ジェネレータ」というあだなまである。

ボルテックス・ジェネレータとは、意図的に渦流を引き起こす目的で機体表面に設ける小さな出っ張り(板材という方が実体に近いか)のこと。実際、F-117Aの形状は見るからに、盛大な渦流を引き起こしそうである。空力的見地からみれば(たぶん)最低である。

実際、F-117Aの前に技術実証機「ハブ・ブルー」を製作したときには、機体の外形が固まったところで、ひと騒動あった。

F-117Aの前に造られた技術実証機「ハブ・ブルー」 写真:USAF

「ハブ・ブルー」やF-117Aの開発を担当したのはロッキード社(当時)の先進開発部門「スカンクワークス」で、そこのボスは2代目のベン・リッチという人だった。そのベン・リッチのところに初代ボスのケリー・ジョンソンが飛び込んできて、いきなり尻を蹴飛ばした上に「ベン、おまえは大ばか者だ。こんなものが飛ぶわけがないだろう」と一喝したそうである。

では、その「こんなものが飛ぶわけがない」と思わせた形はどうやって決められたのか。それは、レーダー電波の反射を抑制することを唯一最大の目的にしたことによる。

もうちょっと細かく説明すると、ステルス、つまりレーダーに映らないということは、「敵のレーダーが発信した電波が機体に当たった時に、それを発信源に返さない」ということだ。発信した電波の反射波が戻ってきて、それを受信することで初めてレーダー探知が成立するのだから、反射波が発信源の方に返って行かないようにすればよい。

その方法は大きく分けると3つある。「反射の方向を限定する」「発信源とは違う、明後日の方向に反射する」「電波そのものを吸収して反射波を弱める」。

鋭い後退角を持たせた主翼は「明後日の方向に反射する」のが目的だし、主翼や尾翼の前縁などについて角度をそろえる工夫をしたのは「反射の方向を限定する」のが目的だ。そして黒いレーダー電波吸収材塗装は「電波の吸収」が目的である。

このほか、エンジンが大きな電波反射源になることから、F-117Aでは空気取り入れ口にメッシュ状の蓋をかぶせる、なんていうことまでやった。もちろんエンジンの動作には悪影響があるが、レーダー電波を反射しないことのほうが優先である。ちなみに、これが氷結して詰まるとエンジンが動かなくなってしまうので、メッシュの前面に「異物をどけるためのワイパー」が付いていたそうである。

エコー1

しかし、「こういう形にすればステルス化できるだろう」と考えても、それを立証できなければ話にならない。風洞試験みたいに、いちいち模型を作って電波暗室に持ち込んでテストしていたら、時間も費用もかかりすぎる。そこで、レーダー反射断面積を計算するソフトウェアを開発することになった。その名を「エコー1」という。

そのきっかけになったのは、同社の技術者、デニス・オーバーホルザーが、ロシアのレーダー専門家、ピョートル・ユフィムツェフが書いた論文「回折理論による鋭角面の電波の解析」の英訳版を見つけ出したことで、時期は1976年4月頃だという。

この論文のポイントは、コンピュータによってレーダー反射断面積を計算するための道をつけた点にある。具体的に言うと、与えられた機体の形状を基に、それを多数の三角形に分解して、個別にレーダー反射の計算を行う。その結果を合成すれば、機体全体のレーダー反射断面積を計算できるというわけだ。

構造計算に用いられる有限要素法と同様に、できるだけ細かい三角形の集合体に分解して計算するほうが良いし、曲面構成の機体を作ろうとすれば、そうする必要がある。ところが当時のコンピュータでは、細かい三角形に分解して個別にレーダー反射断面積を計算しようとすると、能力が足りなかったのだ。なにしろ1970年代後半の話である。

そこで、コンピュータの能力を基にして「どこまで細かい三角形に分解するか」を検討した結果、「ハブ・ブルー」やF-117Aの外形が決まってしまったというわけ。あれ以上に細かくは分解できなかったのだ。

もちろん、空力的安定性も何もあったものではない。とにかく「レーダーに映らないこと」だけを優先した形状である。そこで、冒頭でも触れたようにFBWを導入して、飛行制御コンピュータを使うことで初めてまともに飛べることになった。ベン・リッチいわく「飛行制御コンピュータがあれば、自由の女神に曲芸飛行をさせることもできる」。

コンピュータ三題噺

つまり、F-117Aとは「コンピュータによる計算で形が決まり」「その際にコンピュータの能力が制約要因になり」「まともに飛ばすにはコンピュータが不可欠」というコンピュータ三題噺(?)で出来上がった飛行機だったわけだ。

このプロセスは「優れた飛行機は美しい」という業界の前提を完全に無視しているが、ステルスという機能を突き詰めたことによる異形の美しさがあるといったら褒めすぎだろうか。

ちなみに、ロッキード社にはケリー・ジョンソンよりも口の悪い設計者がいて、「ハブ・ブルー」のことを「リッチの道楽」と呼んでいたそうである(「リッチ」はベン・リッチの名前と「金持ち」のダジャレ)。

そういえば、イギリスのデハビランド社では第2次世界大戦中に「DH98モスキート」という木製爆撃機を開発・製作したが、これも開発に取りかかった当初は、空軍でただ1人、味方に回って計画を後押しした人物の名前をとって「フリーマン大将のお道楽(Freeman's Folly)」と呼ばれていた。

ところが、どちらの「道楽」も実戦で大活躍したのだから面白いものである。

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インデックス

連載目次
第76回 実機拝見(10)CATBird
第75回 実機拝見(9)エアバスA320
第74回 実機拝見(8)F-117Aナイトホーク
第73回 実機拝見(7)RQ-1プレデター
第72回 実機拝見(6)F-16ファイティングファルコン
第71回 実機拝見(5)ボーイング757/767
第70回 実機拝見(4)ようやく初飛行! 三菱MRJ
第69回 実機拝見(3)コンベアF-102デルタダガー
第68回 実機拝見(2)グラマンA-6イントルーダー
第67回 実機拝見(1)ロッキード・マーティンF-35
第66回 航空機用電子デバイス(8)表示デバイス[その2]
第65回 航空機用電子デバイス(7)音声入力と頭の向きの検出
第64回 航空機用電子デバイス(6)入力デバイス
第63回 航空機用電子デバイス(5)アンテナの種類と搭載方法いろいろ
第62回 航空機用電子デバイス(4)実装と冷却と整備性
第61回 航空機用電子デバイス(3)電磁波対策と光ファイバー
第60回 航空機用電子デバイス(2)表示デバイス
第59回 航空機用電子デバイス(1)発電機と電源とAPU
第58回 飛行安全とIT(11)スペーシングの調整
第57回 飛行安全とIT(10)空母への着艦
第56回 飛行安全とIT(9)低視界環境下での着陸
第55回 飛行安全とIT(8)ドローンの安全対策
第54回 飛行安全とIT(7)保安・テロ対策
第53回 飛行安全とIT(6)気象と安全
第52回 飛行安全とIT(5)電磁的トラブル対策
第51回 飛行安全とIT(4)安全とテクノロジーの関係
第50回 飛行安全とIT(3)管制と安全
第49回 飛行安全とIT(2)航法と測位
第48回 飛行安全とIT(1)自動化による安全性向上
第47回 訓練とIT(5)管制官向けのシミュレータ
第46回 訓練とIT(4)シミュレータ同士の通信対戦
第45回 訓練とIT(3)その他のシミュレータ
第44回 訓練とIT(2)フライト・シミュレータ・その2
第43回 訓練とIT(1)フライト・シミュレータ・その1
第42回 無人航空機(6)UAVでどこまでできる?
第41回 無人航空機(5)衝突回避
第40回 無人航空機(4)群制御
第39回 無人航空機(3)UAVと地上の通信
第38回 無人航空機(2)地上管制ステーション
第37回 無人航空機(1)どうすれば無人で飛ばせる?
第36回 飛ぶための計算(5)格安運賃をいかに設定・実現するか
第35回 飛ぶための計算(4)離陸時の諸元に関する計算
第34回 飛ぶための計算(3)需要予測にまつわるいろいろ
第33回 飛ぶための計算(2)燃料
第32回 飛ぶための計算(1)重量バランス
第31回 ワークロードの低減(6)戦闘機搭乗員の状況認識
第30回 ワークロードの低減(5)管制のワークロード低減
第29回 ワークロードの低減(4)ワークロード低減と自動化の関係
第28回 ワークロードの低減(3)グラスコックピット
第27回 ワークロードの低減(2)FMSとMPS
第26回 ワークロードの低減(1)自動操縦装置
第25回 航空機の設計と製作(8)航空機の製作・補修と3Dプリンタ
第24回 航空機の設計と製作(7)IT化が設計にもたらした影響いろいろ
第23回 航空機の設計と製作(6)デジタル・モックアップ
第22回 航空機の設計と製作(5) 航空機のソフトウェア開発
第21回 航空機の設計と製作(4) 航空機の試験・評価
第20回 航空機の設計と製作(3) 工程とサプライチェーンの管理
第19回 航空機の設計と製作(2) 組み立て工程と部品の管理
第18回 航空機の設計と製作(1) 設計・製作工程のコンピュータ化
第17回 アビオニクス(8) コックピットの電子化とEFB
第16回 アビオニクス(7) 電磁波干渉問題
第15回 アビオニクス(6) ミッション・コンピュータとMPS
第14回 アビオニクス(5) 軍用機のミッション・システム
第13回 アビオニクス(4) BITE
第12回 アビオニクス(3) 安全と効率化の両立
第11回 アビオニクス(2) 航空機にまつわる通信と電波
第10回 アビオニクス(1) アビオニクスとは
第9回 機体構造の保全とHUMS
第8回 飛行機とコンピュータ制御(3) その他編
第7回 飛行機とコンピュータ制御(2) 推進システム編
第6回 飛行機とコンピュータ制御(1) 機体編
第5回 航空機の運航管理(5) 有人機と無人機の空域共有
第4回 航空機の運航管理(4) 空域管理と衝突回避
第3回 航空機の運航管理(3) 運航票とFDP
第2回 航空機の運航管理(2) 地上からのレーダー監視
第1回 航空機の運航管理(1) 航空機の航法

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