F-16の公式ニックネームは「ファイティングファルコン」(戦隼)だが、業界関係者の間ではヴァイパー Viper と呼ばれることも多い。しかしこの機体にはもうひとつ、「電気ジェット機 electric jet」というあだなもある。

横田基地の一般公開に現れたF-16C。三沢基地から飛来したもの

RSSとFBW

電気ジェット機といっても、電気モーターで飛ぶわけではない。普通にジェットエンジンが付いている。では、なぜ電気ジェット機と呼ばれるのかというと、システムの電子化・コンピュータ制御化が一気に進んだためである。

まず、動翼を動かすのに索を使わないでフライ・バイ・ワイヤ(FBW)化した。普通、飛行機の動翼というと「補助翼」「昇降舵」「方向舵」「フラップ(下げ翼)」が四天王だが、F-16は補助翼(エルロン)とフラップを一体化したフラッペロンを使っている。また、昇降舵ではなく、水平尾翼全体が上下に動くが、これは戦闘機では普通の手法。ともあれ、これらは飛行制御コンピュータの指示を受けたアクチュエータによって動かされる。

実はF-16という飛行機、空力的には不安定な設計になっていて、そのままだと普通に真っ直ぐ飛ぶことができない。飛行制御コンピュータが動翼をこまめに調整することで、初めてまともに飛べるようになる。

これは、戦闘機に不可欠な機動性を向上するための設計。安定しているということは、言い換えれば機敏さを欠くということ。それなら、不安定な飛行機を作ったほうが機敏に飛べるのではないか、という逆転の発想による。

これがいわゆる静安定性低減(RSS : Relaxed Static Stability)という手法。本連載の第32回で触れたように、機体の重心が主翼の揚力中心よりも前方にないと静安定性を保てないのだが、それを意図的に崩すのが基本的な考え方となる。その結果、電気系統がなければ飛行機が飛べないので、なるほど「電気ジェット機」というわけである。

ちなみに、F-16の機関砲は胴体左側面にだけついているので、これを撃つと反動で機首を左に振る力がかかるはずである。ところが、飛行制御コンピュータが自動補正するので、特に方向舵ペダルを踏んで調整しなくても機体は真っ直ぐ進んでくれる。

操縦桿(サイドスティック)を巡る確執

また、F-16ではFBW化に合わせて操縦桿をサイド・スティックにした。FBWでは操縦桿や方向舵ペダルは単なる入力装置にすぎないから、極端なことをいえば好きな形にできる。力の加減に合わせて操舵量を変えればよいので、動く必要すらないのではないか。これが、メーカー側の考えだった。

ところが、これにパイロットがかみついたのはよく知られている通り。まったく動かないのでは操縦時に違和感があると主張して、メーカーとの対立に発展。米空軍・戦術航空軍団(TAC : Tactical Air Command)司令官の裁定により、数mmだけ前後左右に動くようにすることで決着した。

このことは、現場のパイロットの感覚や意見を無視してはいけないということを意味している。技術者の独りよがりで突っ走ってはいけないのだ。他の分野でも往々にして見られる話ではないだろうか。

ちなみに、マン・マシン・インタフェースということで計器盤についても触れておくと、当初のプロトタイプは昔ながらの機械式計器だけだった。それが量産型のF-16Aでは計器盤の左側に多機能ディスプレイが加わり、F-16Cでは多機能ディスプレイが増えた(その分だけ機械式計器が減った)。この辺も「電気ジェット機」っぽいところである。

BITEとミッション・コンピュータ

そこで、F-16あたりの世代から後の戦闘機は、出撃前にミッション・プランニング・システム(MPS)という名のコンピュータで飛行計画を立てておいて、それをデータ転送モジュール(DTM : Data Transfer Module)という名の記憶媒体に入れて機体まで持っていくようになった。DTMをコックピットのスロットに差し込むと、機体のミッション・コンピュータがデータを読み取り、これから自分がどこを通ってどこに行って何をするのかを知る。

MPSには既知の敵防空拠点の位置情報も収録しておくので、それを避けるようにして飛ぶ計画を立てることもできる。これを応用すると、平時には人口密集地帯や、その他の「上空を飛んではいけない場所」を避けて飛ぶようなこともできる。

また、本連載の第13回で取り上げたBITE(Built-in Test Equipment)のおかげで、電源を入れて機体のシステムをスタートさせると、搭載している電子機器が正常に機能するかどうかを自己診断できる。

もしも不具合があれば報告が上がってくるので、該当する機器のLRU(Line Replaceable Unit)を交換する等の処置をとるか、予備の機体の乗り換えることになる(古いテレビではないからたたいてはいけない)。

F-16が登場した1970年代前半になると、それ以前の時代に作られた機体(例えば、本連載の第68回で取り上げたA-6イントルーダー)と比べると、まともに機能する、より性能の良いコンピュータを載せられるようになった。

ところで。F-16における改良型の出現は、性能・能力の向上だけでなく、それを制御するコンピュータのハード/ソフトにおけるバージョンアップも意味している。つまり「機械で制御される戦闘機」から「電脳で制御される戦闘機」への世代交代を象徴する機体である、とも言えるわけだ。

このように、電子化された機器やシステムが増えて、パイロットが「操縦士」だけでなく「オペレーター」としての色彩を強く帯びるようになった時代の嚆矢となったのがF-16である。だから「電気ジェット機」なのだ。