【コラム】

航空機とIT

72 実機拝見(6)F-16ファイティングファルコン

 

72/76

F-16の公式ニックネームは「ファイティングファルコン」(戦隼)だが、業界関係者の間ではヴァイパー Viper と呼ばれることも多い。しかしこの機体にはもうひとつ、「電気ジェット機 electric jet」というあだなもある。

横田基地の一般公開に現れたF-16C。三沢基地から飛来したもの

RSSとFBW

電気ジェット機といっても、電気モーターで飛ぶわけではない。普通にジェットエンジンが付いている。では、なぜ電気ジェット機と呼ばれるのかというと、システムの電子化・コンピュータ制御化が一気に進んだためである。

まず、動翼を動かすのに索を使わないでフライ・バイ・ワイヤ(FBW)化した。普通、飛行機の動翼というと「補助翼」「昇降舵」「方向舵」「フラップ(下げ翼)」が四天王だが、F-16は補助翼(エルロン)とフラップを一体化したフラッペロンを使っている。また、昇降舵ではなく、水平尾翼全体が上下に動くが、これは戦闘機では普通の手法。ともあれ、これらは飛行制御コンピュータの指示を受けたアクチュエータによって動かされる。

実はF-16という飛行機、空力的には不安定な設計になっていて、そのままだと普通に真っ直ぐ飛ぶことができない。飛行制御コンピュータが動翼をこまめに調整することで、初めてまともに飛べるようになる。

これは、戦闘機に不可欠な機動性を向上するための設計。安定しているということは、言い換えれば機敏さを欠くということ。それなら、不安定な飛行機を作ったほうが機敏に飛べるのではないか、という逆転の発想による。

これがいわゆる静安定性低減(RSS : Relaxed Static Stability)という手法。本連載の第32回で触れたように、機体の重心が主翼の揚力中心よりも前方にないと静安定性を保てないのだが、それを意図的に崩すのが基本的な考え方となる。その結果、電気系統がなければ飛行機が飛べないので、なるほど「電気ジェット機」というわけである。

ちなみに、F-16の機関砲は胴体左側面にだけついているので、これを撃つと反動で機首を左に振る力がかかるはずである。ところが、飛行制御コンピュータが自動補正するので、特に方向舵ペダルを踏んで調整しなくても機体は真っ直ぐ進んでくれる。

操縦桿(サイドスティック)を巡る確執

また、F-16ではFBW化に合わせて操縦桿をサイド・スティックにした。FBWでは操縦桿や方向舵ペダルは単なる入力装置にすぎないから、極端なことをいえば好きな形にできる。力の加減に合わせて操舵量を変えればよいので、動く必要すらないのではないか。これが、メーカー側の考えだった。

ところが、これにパイロットがかみついたのはよく知られている通り。まったく動かないのでは操縦時に違和感があると主張して、メーカーとの対立に発展。米空軍・戦術航空軍団(TAC : Tactical Air Command)司令官の裁定により、数mmだけ前後左右に動くようにすることで決着した。

このことは、現場のパイロットの感覚や意見を無視してはいけないということを意味している。技術者の独りよがりで突っ走ってはいけないのだ。他の分野でも往々にして見られる話ではないだろうか。

ちなみに、マン・マシン・インタフェースということで計器盤についても触れておくと、当初のプロトタイプは昔ながらの機械式計器だけだった。それが量産型のF-16Aでは計器盤の左側に多機能ディスプレイが加わり、F-16Cでは多機能ディスプレイが増えた(その分だけ機械式計器が減った)。この辺も「電気ジェット機」っぽいところである。

BITEとミッション・コンピュータ

そこで、F-16あたりの世代から後の戦闘機は、出撃前にミッション・プランニング・システム(MPS)という名のコンピュータで飛行計画を立てておいて、それをデータ転送モジュール(DTM : Data Transfer Module)という名の記憶媒体に入れて機体まで持っていくようになった。DTMをコックピットのスロットに差し込むと、機体のミッション・コンピュータがデータを読み取り、これから自分がどこを通ってどこに行って何をするのかを知る。

MPSには既知の敵防空拠点の位置情報も収録しておくので、それを避けるようにして飛ぶ計画を立てることもできる。これを応用すると、平時には人口密集地帯や、その他の「上空を飛んではいけない場所」を避けて飛ぶようなこともできる。

また、本連載の第13回で取り上げたBITE(Built-in Test Equipment)のおかげで、電源を入れて機体のシステムをスタートさせると、搭載している電子機器が正常に機能するかどうかを自己診断できる。

もしも不具合があれば報告が上がってくるので、該当する機器のLRU(Line Replaceable Unit)を交換する等の処置をとるか、予備の機体の乗り換えることになる(古いテレビではないからたたいてはいけない)。

F-16が登場した1970年代前半になると、それ以前の時代に作られた機体(例えば、本連載の第68回で取り上げたA-6イントルーダー)と比べると、まともに機能する、より性能の良いコンピュータを載せられるようになった。

ところで。F-16における改良型の出現は、性能・能力の向上だけでなく、それを制御するコンピュータのハード/ソフトにおけるバージョンアップも意味している。つまり「機械で制御される戦闘機」から「電脳で制御される戦闘機」への世代交代を象徴する機体である、とも言えるわけだ。

このように、電子化された機器やシステムが増えて、パイロットが「操縦士」だけでなく「オペレーター」としての色彩を強く帯びるようになった時代の嚆矢となったのがF-16である。だから「電気ジェット機」なのだ。

72/76

インデックス

連載目次
第76回 実機拝見(10)CATBird
第75回 実機拝見(9)エアバスA320
第74回 実機拝見(8)F-117Aナイトホーク
第73回 実機拝見(7)RQ-1プレデター
第72回 実機拝見(6)F-16ファイティングファルコン
第71回 実機拝見(5)ボーイング757/767
第70回 実機拝見(4)ようやく初飛行! 三菱MRJ
第69回 実機拝見(3)コンベアF-102デルタダガー
第68回 実機拝見(2)グラマンA-6イントルーダー
第67回 実機拝見(1)ロッキード・マーティンF-35
第66回 航空機用電子デバイス(8)表示デバイス[その2]
第65回 航空機用電子デバイス(7)音声入力と頭の向きの検出
第64回 航空機用電子デバイス(6)入力デバイス
第63回 航空機用電子デバイス(5)アンテナの種類と搭載方法いろいろ
第62回 航空機用電子デバイス(4)実装と冷却と整備性
第61回 航空機用電子デバイス(3)電磁波対策と光ファイバー
第60回 航空機用電子デバイス(2)表示デバイス
第59回 航空機用電子デバイス(1)発電機と電源とAPU
第58回 飛行安全とIT(11)スペーシングの調整
第57回 飛行安全とIT(10)空母への着艦
第56回 飛行安全とIT(9)低視界環境下での着陸
第55回 飛行安全とIT(8)ドローンの安全対策
第54回 飛行安全とIT(7)保安・テロ対策
第53回 飛行安全とIT(6)気象と安全
第52回 飛行安全とIT(5)電磁的トラブル対策
第51回 飛行安全とIT(4)安全とテクノロジーの関係
第50回 飛行安全とIT(3)管制と安全
第49回 飛行安全とIT(2)航法と測位
第48回 飛行安全とIT(1)自動化による安全性向上
第47回 訓練とIT(5)管制官向けのシミュレータ
第46回 訓練とIT(4)シミュレータ同士の通信対戦
第45回 訓練とIT(3)その他のシミュレータ
第44回 訓練とIT(2)フライト・シミュレータ・その2
第43回 訓練とIT(1)フライト・シミュレータ・その1
第42回 無人航空機(6)UAVでどこまでできる?
第41回 無人航空機(5)衝突回避
第40回 無人航空機(4)群制御
第39回 無人航空機(3)UAVと地上の通信
第38回 無人航空機(2)地上管制ステーション
第37回 無人航空機(1)どうすれば無人で飛ばせる?
第36回 飛ぶための計算(5)格安運賃をいかに設定・実現するか
第35回 飛ぶための計算(4)離陸時の諸元に関する計算
第34回 飛ぶための計算(3)需要予測にまつわるいろいろ
第33回 飛ぶための計算(2)燃料
第32回 飛ぶための計算(1)重量バランス
第31回 ワークロードの低減(6)戦闘機搭乗員の状況認識
第30回 ワークロードの低減(5)管制のワークロード低減
第29回 ワークロードの低減(4)ワークロード低減と自動化の関係
第28回 ワークロードの低減(3)グラスコックピット
第27回 ワークロードの低減(2)FMSとMPS
第26回 ワークロードの低減(1)自動操縦装置
第25回 航空機の設計と製作(8)航空機の製作・補修と3Dプリンタ
第24回 航空機の設計と製作(7)IT化が設計にもたらした影響いろいろ
第23回 航空機の設計と製作(6)デジタル・モックアップ
第22回 航空機の設計と製作(5) 航空機のソフトウェア開発
第21回 航空機の設計と製作(4) 航空機の試験・評価
第20回 航空機の設計と製作(3) 工程とサプライチェーンの管理
第19回 航空機の設計と製作(2) 組み立て工程と部品の管理
第18回 航空機の設計と製作(1) 設計・製作工程のコンピュータ化
第17回 アビオニクス(8) コックピットの電子化とEFB
第16回 アビオニクス(7) 電磁波干渉問題
第15回 アビオニクス(6) ミッション・コンピュータとMPS
第14回 アビオニクス(5) 軍用機のミッション・システム
第13回 アビオニクス(4) BITE
第12回 アビオニクス(3) 安全と効率化の両立
第11回 アビオニクス(2) 航空機にまつわる通信と電波
第10回 アビオニクス(1) アビオニクスとは
第9回 機体構造の保全とHUMS
第8回 飛行機とコンピュータ制御(3) その他編
第7回 飛行機とコンピュータ制御(2) 推進システム編
第6回 飛行機とコンピュータ制御(1) 機体編
第5回 航空機の運航管理(5) 有人機と無人機の空域共有
第4回 航空機の運航管理(4) 空域管理と衝突回避
第3回 航空機の運航管理(3) 運航票とFDP
第2回 航空機の運航管理(2) 地上からのレーダー監視
第1回 航空機の運航管理(1) 航空機の航法

もっと見る

関連キーワード


人気記事

一覧

イチオシ記事

新着記事

TVアニメ『ナンバカ』、PV第2弾を公開! 放送情報および主題歌も発表
[21:00 8/24] ホビー
TVアニメ『Dimension W』、メインキャスト出演のスペシャルイベント開催
[20:39 8/24] ホビー
JR北海道、台風の被害状況を発表 - 石北本線・釧網本線を中心に土砂流入も
[20:37 8/24] ホビー
日産の想定を軽く超えた「新型セレナ」への期待値
[20:35 8/24] 経営・ビジネス
天堂きりんの新作1巻、書店員の女性と無口な大学生の同居もの
[20:27 8/24] ホビー