実はこの機体、もっと早く取り上げるつもりでいたのだが、初飛行が遅れたので取り上げるのを見送っていた次第。2015年11月11日に初飛行に成功したので、やっと登場の運びとなった。

今回に取り上げる話題の多くは、決してMRJに固有のものではないのだが、「MRJが実際に形をなして進空するまでには、さまざまな形でITが関わっている」との切り口ということで了承いただければと思う。

初飛行を終えて着陸した後のMRJ

サプライチェーン管理の難しさ

すでに拙稿「半世紀ぶりの悲願も、MRJが乗り越えなくてはならない4つの壁」でも取り上げているが、MRJの国産化率はおおむね3割ほど。1機当たりの部品点数は100万点のオーダーに達するというから、仮に部品点数ベースで計算すれば、70万点ぐらいが海外のサプライヤーから入ってくる計算になる。金額ベースだと、また違った数字になるかも知れないし、これは1つの目安ということで。

他社でもやっていることだが、MRJの量産がスタートした時は、組み立てにムービングラインを使用するという。つまり、機体はラインの上を極めてゆっくりだが常時移動していて、そこに機器や部品を順次組み付けていくわけだ。ということは、ムービングラインのそれぞれの場所に、そこで取り付けを行う機器やコンポーネントが、適切なタイミングで、かつ、適切な数だけ届いていなければならない。

そこで、愛知県内に物流センターを設けて、ジャスト・イン・タイムの体制を実現できるようにするという。しかし、物流センターで過剰に在庫を抱え込めば、それはそれで経済的にはマイナス要因となる。

輸送時にトラブルが発生して予定通りに届かなくなる可能性が皆無とは言い切れないから、ある程度のバッファは必要だろう。その一方で、在庫が過剰にならないように調整する必要もある。過不足ができるだけ生じないように、サプライヤー各社との間で発注や納品の流れをモニターして、コントロールしなければならない。

このSCM(Supply Chain Management)の問題は、なにもMRJに限ったことではなく、メーカーならどこでも関わりがある課題となる。ただしMRJの場合、海外のサプライヤーが多いことから、モニターやコントロールは難しくなると考えられる。

プラット&ホイットニーのPurePower PW1200Gエンジンは三菱重工で最終組立を行うが、そこで使用するパーツの中にはやはり海外から持ってくるものもあるだろう。これはこれでややこしい。

逆にいえば、そのSCMをうまくやってのけることができれば、機体の製造コストをコントロールするのに役立つはずだ。そこで不可欠な要素となるであろう物流の可視化ひとつとっても、情報通信技術抜きには成り立たない話である。

アビオニクス

その海外サプライヤーの製品の1つに、ロックウェル・コリンズ社が手掛けるアビオニクス・スイート「Pro Line Fusion」がある。MRJにおいて、アビオニクスの中核機能とシステム・インテグレーションの作業を、ロックウェル・コリンズ社が担当することになっている。

ロックウェル・コリンズといっても一般にはなじみが薄そうだが、航空・防衛分野の電子機器では大手の1つだ。そして同社の「Pro Line Fusion」は、MRJ以外にもさまざまな機体で使われている。

MRJだけでなくボンバルディアの旅客機、あるいはビーチクラフトやガルフストリームのビジネス機でも導入事例があるし、アグスタウェストランドのティルトローター機AW609も、エンブラエルの軍用輸送機KC-390も、「Pro Line Fusion」を使っている。

それが何を意味するか。つまり、「Pro Line Fusion」は特定の機体にだけ合わせた機材ではなく、異なる機種であっても対応できる柔軟性とスケーラビリティを備えているということである。そうすることで販路が広がり、数が出ることになるから、コストダウンにつながる。

機種が違えば、コックピットの飛行情報ディスプレイや航法ディスプレイに表示する情報の入力元も変わる。アビオニクスの側は、それに対応できるようになっていなければならない。機体をアビオニクスに合わせるのではなく、アビオニクスを機体に合わせなければならない。

となると、最初からそのつもりでアビオニクスのアーキテクチャや通信用のプロトコルなどを設計しておかなければならないはずだ。

"お肌ツルツル"なMRJ

「お肌ツルツル」というと、「一体、何のことか」と思われそうだが、現物を見れば理解しやすい。つまり仕上げがきれいなのである。最近ではさすがに事情が違うが、第2次世界大戦の頃は、表面凸凹、リベットの行列なんていう飛行機はザラだった。

本連載で以前に取り上げたことがあったかと思うが、飛行機の製作に際しては、部品の加工精度を高くすること、そして結合の際のアラインメントを精確に行うことが重視されている。それを支えるのは、3次元設計ツールの活用と、数値化した座標による加工である。それが結果として、高精度かつ仕上がりの良い機体を生み出すことにつながり、「お肌ツルツル」と形容されるわけだ。

ネジが何本か緩んでいただけでレーダーに大きく映ってしまうこともあるステルス機は言わずもがなだが、民航機であっても、仕上がりの良さは空気抵抗の低減、ひいては燃費の低減という形で影響を及ぼす。なにしろ、ガタイの大きい民航機では、塗装を落として塗り直すだけで空気抵抗が減って燃費がコンマ何パーセントか良くなる、と言われるぐらいだ。

また、コンピュータの上で空間の取り合いや配置を検討できれば、紙の図面を使って頭の中で考えたり、いちいち模型を造って検討したりするよりも速く、かつ間違いがない設計作業ができる。小型の機体ほど、機内における空間の取り合いはデリケートなものになるだろうから、それを間違いなく、かつ効率的にこなすことは重要である。大型機だから余裕シャクシャクというわけではないにしても。

余談を1つ

本連載の第44回でフライト・シミュレータについて取り上げた際、こんなことを書いた。

新型機の初飛行を担当したパイロットが着陸後に「シミュレータで経験していたのと同じように飛ばすことができた」とコメントするようなことが起きるのだが。

MRJの初飛行が終わった後の記者会見の席で、担当したテストパイロットが、「シミュレータと同じだった」とコメントされていた。お約束通りである。