第60回で「表示デバイス」と題して、陰極線管(CRT : Cathode Ray Tube)と液晶ディスプレイ(LCD : Liquid Crystal Display)を取り上げた。しかし、この時に取り上げていなかった表示デバイスがあるので、今回はその話をしよう。

頭を下げずに済むHUD

もともと戦闘機に導入が多かったのだが、その後、軍用輸送機や民航機でも導入が増えているデバイスに「HUD(Head Up Display)」がある。

その名のとおり、視線を計器盤に落とさなくても済むようにするためのディスプレイ装置である。計器盤の上方、パイロットが機の正面を向いた状態で視線に入る位置に、情報表示用のハーフミラーを取り付ける。ハーフミラーに投影する映像はCRTなどを使って表示しており、そこからレンズを使ってハーフミラーに映像を導いて投影する。

HUD自体は目の前・数十cmぐらいのところにあるが、表示する映像の焦点は無限遠になっているので、焦点を合わせ直す必要はない。外を見ていると、そこにシンボル表示が一緒に現れるというイメージだ。

HUDの利点は、情報を得るのに、いちいち計器盤に視線を落とさなくても済む点にある。特に戦闘機の場合、このメリットは大きい。レーダーをはじめとするセンサーの情報、速度・姿勢・針路・高度といった情報を、外の様子を見ながら同時に得られるから、状況認識を妨げない。

また、射撃・爆撃の際に使用する照準器の機能も兼ねている。例えば、映画「トップガン」など、戦闘機の操縦席から見た照準器の映像を見られる場面はいろいろある。HUDが空中戦でどんな働きをするのかを手っ取り早く理解するには、その手の映画やテレビ番組を見るのが早道だ。

もちろん、HUDに表示する内容は、当節ならコンピュータによるグラフィック表示である。ということは、表示する内容に応じて、コンピュータに適切な情報を入れてやらなければならないという話である。

例えば、機体の姿勢や針路に関する情報を表示したければ、AHRS(Attitude and Heading Reference System)みたいな機器から情報を受け取ることになるだろうから、AHRSと情報をやり取りするための電気的インタフェース、プロトコル、データ・フォーマットをどうするか、という話が出てくる。

これが軍用機なら、武器に関する情報あるいはセンサーに関する情報を表示する場面が出てくる。すると、そちらでもやはり、情報源となるしかるべき機器との間で、電気的インタフェースやプロトコル、データ・フォーマットの整合をとる作業が必要になる。

この辺が、いわゆる「アビオニクスのシステム・インテグレーション」と呼ばれる作業の一環となるわけだ。ただ機器を買ってきてポン付けして電源をつないで、それで動いてくれれば話は簡単だが、アナログ時代でも当然のこと、デジタル時代ならなおのこと、そんなに簡単な話では済まない。

HUDの難しさ

ところで、機の姿勢や射撃・爆撃照準の機能を持たせるということは、外を見ている時の映像とHUDに表示するシンボルの整合性をとらなければならないということになる。例えばの話、真正面にいる敵機に対して機関砲の狙いをつけて撃ったつもりが、照準用のレチクルを表示する位置がズレていたので狙いが外れました、なんてことになったらシャレにならない。

もっとも、そういう話になると、前回に触れた「HMD(Helmet Mounted Display)」のほうが面倒くさい。搭乗員が被っているヘルメットの向きを検出しなければならないのは前回に述べたとおりだが、ひょっとすると、個人差がある体格やヘルメットの被り方に合わせた微妙な較正が必要になるかもしれないからだ。

その点、HUDは計器盤の上に、あるいは計器盤の頭上からつり上げる形で固定しているから、固定設置する際に位置合わせをきちんとやっておけば済む。搭乗員の体格の違いは、HUDの位置や角度を調整して対応しようとすると面倒だから、座席の位置や高さを調整して対応するほうが楽だし、間違いがない。

と思ったが、もう1つ作業があった。前面の風防が平面あるいは単純な円筒形を構成するシングル・カーブなら問題ないが、縦断面も横断面も曲線になっている、いわゆるダブル・カーブだと話が違う。キャノピーを通して外を見た時の映像がゆがんでしまうから、それに合わせた補正が必要になるのだ。

だから、HUDの表示内容もそれに合わせて調整しなければならない。特に戦闘機だとよくある話で、F-16みたいにキャノピーの形状が機体ごとに微妙に異なるケースまである。だから、F-16ではキャノピーを付け替えたらHUDの調整もやり直しである。

ちなみに、F-16は一体型キャノピーのダブル・カーブ型だが、そのF-16から派生した航空自衛隊のF-2は前部を独立した風防にしており、それはシングル・カーブ型である。以下の写真で見比べてみよう。

F-16のキャノピー前部。縦断面も横断面も曲線になっている様子がわかる。その奥にHUDが見える

F-2のキャノピー前部。独立した前部風防の縦断面は直線で、横断面だけが曲線になっている様子がわかる。その奥にHUDがあるが、保護カバーがかかっていて見えない

といったところで、突発的に思いついたことがある。

F-16のような機体の場合、キャノピーごとに異なるゆがみの情報をRFIDに書き込んでキャノピー・フレームにでも取り付けておいて、HUDの表示を制御するコンピュータが、その情報を読み取って表示位置を微調整するようにしたらどうだろう。

まあ、筆者が思いつくぐらいのことだから、業界で誰かがすでに考えて試していても不思議はないし、試してうまくいったのであれば、そういう話が伝えられていてもおかしくはなさそうだ。これは、あくまで突発的な思いつきということで笑い飛ばしていただければと思う。