以前に本連載の第28回でグラスコックピットについて取り上げた。そこで今回は、グラスコックピット化のために必要となる表示デバイスの話を。

CRTから液晶に

表示デバイス、要するにディスプレイである。当初は陰極線管(CRT : Cathode Ray Tube)を使用していたが、近年では液晶(LCD : Liquid Crystal Display)が一般化した。こちらの方が電気を食わず、発熱が少なく、奥行きが少なくて済むのだからいいことずくめである。

ただし、そこら辺で売っているパソコン用の液晶ディスプレイを流用するわけにはいかない。航空機用には独特の要求事項があるからだ。そのことを理解しようと思ったら、直射日光が照りつける屋外でノートPCやデジタルカメラやスマートフォンを使ってみればよい。画面が見づらくて使い物にならないだろう。

飛行機のコックピット、とりわけ戦闘機のそれは、外部から直射日光が射し込んでくる空間である。それでも表示内容を容易に読み取れなければ、計器としての用をなさない。だから、高い輝度とコントラストを発揮できるデバイスでなければ話にならない。

CRTなら自ら発光表示するが、液晶だとバックライトで照らしてやらないといけない。そのバックライトの良し悪しと、液晶そのものの表示品質が問題になるわけだ。

もう四半世紀以上も前の話になる。まだ、PC用の液晶ディスプレイが少なく、あっても白黒が大半、カラーは表示が遅くて鮮明度に欠けるSTN(Super-Twisted Nematic)液晶ディスプレイばかり、という時代だった。TFT(Thin Film Transistor)のようなアクティブマトリックス型液晶ディスプレイは、目の玉が飛び出るような値段が付いた高嶺の花だったのである。いやそもそも、TFTはコンシューマー向けにはあまり出回っていなかったのではなかろうか。

ところが、Y社が作った航空機用の液晶ディスプレイ(たぶん試作品)は実に鮮明な表示で、PC用の液晶ディスプレイしか知らなかった筆者はビックリ仰天したものである。もっとも、値段を聞けばもう一度ビックリ仰天したことだろう。もちろんアクティブマトリックス式だ。

さすがにこの頃はまだ、飛行機のコックピットもCRT表示ばかりで、そこにこれから液晶で参入していこうという時代の話である。液晶ディスプレイを使ったグラスコックピットが一般化するのは、これよりだいぶ後の話になる。

暗いときのことも考えなければならない

ところが、ただひたすら明るくて鮮明な表示ができればよい、という話にならないのが航空機用の難しいところだ。

なぜかといえば、飛行機は夜間にも飛ぶし、そのときにはコックピットの照明は落としている。そんな状態で液晶ディスプレイのバックライトが煌々と光っていたら、パイロットは周囲の暗闇を見ても何も分からない状態になってしまう。いや、それ以前に照明を落としたコックピットの中を見るにも不自由する。

これが軍用機になると、暗視ゴーグル(NVG : Night Vision Goggle)を使う場合があるので、さらに話が難しい。NVGというのは光増管を使って微妙な光を増幅して見せる機器だ。真っ暗闇に近い状態でも使えるが、液晶ディスプレスのバックライトが煌々と光っていたら光量過剰である。へたをしたら光増管が壊れてしまうかも知れない。

だから、グラスコックピットで使用する液晶ディスプレイは、「えっ、これで見えるの?」というぐらい暗い状態まで輝度を落とした表示も行えるようになっていないと具合が悪いのだそうだ。実際にメーカーの方から伺った話である。

しかもその一方では、前述したように、高輝度・高コントラストの表示もできなければならない。その両極端な条件を両立しなければならないのが、航空機用液晶ディスプレイの難しいところ。

横河電機が2012年の国際航空宇宙展に出展した液晶ディスプレイ。これは高輝度表示の状態

こちらは夜間飛行用に輝度を落とした状態。よく見ると初めて「何か映ってるな」と分かる

CRTをLCDに換装する事例も

米空軍は2013年に、F-15Eストライクイーグル戦闘爆撃機のコックピットに取り付けているCRTを、液晶ディスプレイに換装する計画を立ち上げた。

F-15Eといえば1980年代に開発・製造していた飛行機だから、そこで使用している電子デバイスはさすがに入手が困難になってきている。それに、前述したようにCRTは占有スペースも発熱も消費電力も大きいから、それをLCD化によって抑制できればメリットは大きい。

ちょうど、その換装用液晶ディスプレイの担当メーカーが決まり、スペックが発表になったところだ。サイズは6.25インチ×6.25インチ、解像度は1,024ピクセル×1,024ピクセル、ブライトネス315fL、コントラスト350:1という内容。

いかにも軍用らしいのは、動作温度範囲が-40~+85度と広く、MIL-STD-810Fに対応したタフネス性能を備えているところ。なにしろ頭上が透明のキャノピーで覆われている戦闘機のコックピットに取り付けるものなのだ。機体を中東の砂漠の飛行場に駐めておけば、コックピットは灼熱地獄と化す。でも、それで液晶ディスプレイが壊れてはいけないのだ。

ちなみに、F-15Eに搭載するのはIEE(Industrial Electronic Engineers)という会社の製品だそうである。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。