本連載の第2回でレーダーの話を、第4回で衝突回避の話を取り上げた。ただしその際には、「衝突回避のためにどういうハードウェアやシステムがあるか」という話が中心になっていた。そこで改めて、ソフトウェア的な話についても取り上げてみよう。

針路を変えるか、速度を変えるか

地上を走っている乗り物であれば、衝突しそうになったら「とりあえず止まれ」という手がある。教習所でクルマの運転を習っているときに、横にいる教官にブレーキを踏まれた経験がある方、中にはいらっしゃることだろう。

ところが飛行機の場合、「とりあえず止まれ」というわけにはいかない。止まったら墜落してしまう(ヘリコプターやティルトローター機は話が違うが、その話はとりあえず措いておく)。だから、飛びながらなんとかしなければならない。

そのために、目視で周辺を監視したり、レーダーやADS-B (Automatic Dependent Surveillance - Broadcast)やTCAS (Traffic Collision Avoidance System)といった文明の利器を活用したりしている。ただし、これらはいずれも状況を把握するための手段であって、それに基づいてどう対応することで衝突を避けるか、というのはまた、別の問題である。

ニアミスや空中衝突を避けるには、飛んでいる機体同士の間隔を適切に保つことが必要になる(スペーシングという)。管制官はレーダーのスコープなどを見ながら、異常接近を防ぐように指示を出している。もしも過度に近接しそうな機体が出現した場合には、ぐるりと一周させるとか、少し針路を逸らすとか、速度を落とさせるとかいった手を使う。

ただし、飛行機が揚力を維持するには、なにがしかの速度が必要になる。だから、むやみに速度を落とさせるわけにも行かない。特に大型機の場合にはそうだ。だから、針路変更の指示を出す場面の方が多そうだ。ひょっとすると、「FlightRadar24」の画面上で、ぐるっと一周する機体が出現する様子を御覧になった方がいらっしゃるだろうか?

指示を出すには判断材料が要る

適切なスペーシングを確保するための指示に、複数の方法がある。ということは、どの方法を用いるかを判断するための材料(判断基準)が必要になるということだ。

順番については、普通は先行する機体を急がせるわけにいかないので、後からついて行っている機体、あるいは他所から合流しようとしている機体を待たせることになると思われる。しかし、譲る・譲られるの優先順だけ決めれば済むというものでもなさそうだ。

民航機ひとつとっても、大型機があれば小型機もあるし、ビジネスジェットや軽飛行機など、商業運航している旅客機や貨物機以外にも、いろいろな飛行機が飛んでいる。それぞれの機種に適したやり方を使わないといけない。たとえば、戦闘機なら急旋回させられるが、民航機では使いたくない方法だ。民航機を急旋回させたら、機内がえらいことになる。

減速させるにしても、どこまで速度を落としても安全なのかは機種によって違いがあるから、一律に「200ノットまで減速せよ(1ノット=1.852km/h)」なんて指示は出せない。機体の性能を考慮に入れた指示が必要になる。それならまだしも、ぐるっと旋回させる方が無難そうである。

コンピュータに仕事をさせられるか

理屈の上では、個々の機体のベクトル(つまり速度と針路)を延長していくことで、過度に接近する可能性があるかどうかを推定できる。それによって、先行する機体に後方から追いつこうとしている機体がいるな、と判断したら「一周」なり「減速」なりの指示を出す。それならコンピュータでも実現できそうである。

しかし実際には、ずっと同じ針路と速度で飛んでいるとは限らないし、飛行計画に基づくものか突発的な事態によるものかを問わず、途中で速度や針路を変える場面も起きる。そうなれば、ベクトルの向きや長さが変わってしまうから、その前に行っていた推定結果は御破算、仕切り直しである。追跡中の全部の探知目標について、計算のやり直しだ。

そういう事態に対して、どこまで迅速かつ柔軟に対応できるか、アルゴリズムを熟成できるか、が問題になる。時々刻々変化する状況に対して未来位置の予測を遅滞なく行うという作業、もっとも得意そうなのはイージス戦闘システムかもしれないが、まさかイージス艦に航空管制をやらせるわけにもいかない。

その「衝突の可能性の予測」をソフトウェアの工夫によって解決して、より多くの機体を管制できるようになったとしても、まだ問題がある。コンピュータが使えなくなったときに、人間が代行できるかどうかという問題だ。

つまり、コンピュータ化によって高い処理能力を発揮していても、コンピュータ、あるいはセンサーとなるレーダーや通信手段に不具合が生じれば、人間が取って代わらなければならない。コンピュータの能力が人間の能力を上回っていて、それに合わせた量のトラフィックをさばいていたとすれば、人間がとって代わった途端に過負荷になってしまう。

となると、人間が取って代われるレベルのトラフィックに抑えておくという考えにつながり、結果として、コンピュータ化によって多くのトラフィックをさばく、という話にならない。しかし安全第一だから、トラブル発生時でも安全な水準を確保するのは譲れない条件であろう。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。