ヘリコプターは、ローターを回転させることで揚力を生み出しているので、空中停止(ホバリング)ができる。それが、前進速度がないと揚力を発揮できない固定翼機と異なるところだ。もちろん、垂直離着陸が可能だから、滑走路は要らない。ところが、これがヘリコプター特有の問題点につながる。

ヘリにはダウンウォッシュがつきもの

飛ぶための原理の関係から、ヘリコプターにはダウンウォッシュがつきものである。ウォッシュといっても洗濯をするわけではなくて、要するにローターが引き起こす風の吹き下ろしだ。揚力の源につながるわけだから、当然ながら、大きくて重い機体ほどダウンウォッシュも強烈になる。

それでも、常設のヘリポートや滑走路(駐機場でも良い)、あるいは艦船のヘリ発着甲板みたいな場所であれば、風で吹き飛ばされる心配だけしていれば済む。問題は、舗装も何もしていない地べたの上、あるいは雪の上などで発着する場面である。

強烈なダウンウォッシュが発生すれば、舗装していない地べたでは土埃が舞い上がる。雪の上なら雪が舞い上がる。特に雪の場合、雪質による違いもあるだろうが、スキーヤーが大喜びする「軽い雪」ほど舞い上がりやすいだろうから厄介だ。

その、土埃が舞い上がって視界を妨げる状況のことを、ブラウンアウト (brownout) という。具体例を写真で御覧いただくことにしよう。

アフガニスタンのバグラム基地に着陸しようとしている、米空軍のHH-60Gペイブホーク救難ヘリ(Photo : USAF)

アリゾナ州のユマ試験場に着陸しようとしている、米海兵隊のMV-22Bオスプレイ(Photo : USAF)

舞い上がった土埃がエンジンに吸い込まれれば、エンジンのパーツを傷めたり、摩耗させたりすることになりそうだ。そもそもそれ以前の問題として、土埃のせいで視界不良になったのでは、安全な降着が難しくなる。下の地上の状況がよく分からないままに、着陸操作を行わなければならないからだ。それで障害物に接触したのでは危険である。

ブラウンアウト対策いろいろ

では、ブラウンアウトに対処するにはどうすればよいか。ダウンウォッシュが発生しなければ問題ないのだが、ヘリコプターでは動作原理上、それはできない相談である。

特に軍用のヘリコプターは、任務次第でどこに降り立つかが決まるから、「整備された場所でしか降着しません」というわけには行かない。そんなことをいっていたら仕事にならないし、何のためにヘリコプターを使うのか分からなくなる。

だから、土埃が舞い上がるのは致し方ないとして、それによって視界が妨げられて状況把握に困難を来たすことがないようにする、というアプローチをとらざるを得ない。

土埃が舞い上がることで妨げられるのは、目視による、可視光線を使った視界の確保である。ということは、可視光線以外の手段で機体周囲の状況をセンシングすれば、何らかの支援手段を実現できるのではないか? という考え方が出てきた。

たとえば、英国防省の研究部門・DSTL(Defence Science and Technology Laboratory)が、ヘリコプター・メーカーのアグスタウェストランド社と組んで、暗視ゴーグル(NVG : Night Vision Goggle)などから得た外部の映像をHUD(Head Up Display)に表示するシステムを研究した実例がある。単に赤外線映像などの映像データを表示するだけでなく、機体の高度・速度・動きなどを表示するシンボル表示を併用することで、状況認識を改善しようという考え方だ。

アメリカのシエラネバダ社(Sierra Nevada Corp.)は米陸軍からの契約で、HALS(Helicopter Autonomous Landing System)を開発した。同社が用いたのは、mm波レーダーを用いる方法である。mm波レーダーは、波長が短い分だけ分解能が高いので、近距離で障害物を検知するには具合がよい。こちらもやはり、レーダーで得たデータはディスプレイ装置に表示する仕組みである。

BAEシステムズ社が手掛けたBLAST(Brownout Landing Aid System Technology)もレーダー方式で、94GHz帯の電波を使用するフェーズド・アレイ・レーダーを装備する。フェーズド・アレイ・レーダーの利点は、固定式のアンテナ・アレイを使いつつ、電子的に「首を振る」ことで広い範囲をカバーできることだが、お値段は高くつくかも知れない。

一方、レイセオン社が開発したのがADAS(Advanced Distributed Aperture System)で、機体の周囲をカバーするように6基の赤外線センサーを取り付けて、そこから得た映像をヘルメットに取り付けたディスプレイに表示する。このように、使用するデバイスはメーカーによって差異がある。

ドイツではユーロコプター・ドイッチュラントとESGエレクトロニクシステムの両社が、ドイツ軍のCH-53Gヘリに装備する目的で、SeLa(Sensor-based Landing aid)を開発する契約を受注した。こちらは胴体下面にカメラを2基、高精度の電波高度計を2基、GPS(Global Positioning System)受信機、地磁気検知装置の組み合わせを使用する。

SeLaで特徴的なのは、コックピットの操縦士だけでなく、キャビンにいる機付長のところにもディスプレイを設けていることだ。この手の支援手段がないときには機付長が目視しながらパイロットに口頭で指示を出しているので、その流儀に合わせる狙いがあるのかも知れない。

どんなシステムでもそうだが、実際の運用形態との親和性を無視したのではうまくいかない。現場がソッポを向いてしまう可能性につながるからだ。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。