2015年4月に発生した、いわゆる「官邸ドローン」事件、さらに琉球新報社のドローン行方不明事件や、15歳の少年が引き起こしたドローン墜落事件などがきっかけになったのか、「ドローン危険論」みたいな話が出てきた。

その中には、毒物や放射性物質を積み込んでテロに使う可能性を論じるものがある。また、搭載するカメラによるプライバシーの侵害を懸念する声もある。

無人で安全に飛べる理由

ただ、その手の話になると「航空機とIT」という話とは別次元の問題になるので、本稿では割愛することとして、いわゆるドローンが安全に飛ぶ際にはどういう問題が関わってくるのか、というところに的を絞ってみたい。

なお、ドローンというと軍用無人標的機を指すのが伝統的解釈という事情もあり、以後は、過去の本連載と足並みを揃えてUAV(Unmanned Aerial Vehicle : 無人航空機)と書く点、御了承いただきたい。

さて。本連載では第37回第42回にかけて、「無人航空機」というテーマの下でいろいろ書いた。そのうち、「どうやって無人で自律的に飛べるのか」という話について述べたのは第37回である。そこでキモとなるのは、「位置の把握」と「針路・姿勢の把握」である。

前者の手段としては慣性航法装置(INS : Inertial Navigation System)やGPS(Global Positioning System)があるし、後者の手段としては姿勢・方位参照システム(AHRS : Altitude and Heading Reference System)が挙げられる。こうした機能を実現するメカが小型・軽量・安価に実現できるようになったことが、軍民を問わず、大小さまざまなUAVが実用化される土台になっている。コンピュータ技術の発展はいうに及ばずだ。

ということは裏を返せば、「位置の把握」や「針路・姿勢の把握」が怪しくなれば、UAVがちゃんと飛べるかどうか怪しくなるし、ときには制御不可能になって墜落する可能性にもつながる。また、「通信途絶したら自動的に発進位置に戻るようにする」といっても、自己位置の把握ができていなければ、どこをどう飛べば発進位置に戻れるかが分からないから、能書きだけの話で終わってしまう。

そして、昨今話題になることの多い、主として空撮などに用いられるマルチコプター型UAVは都市部で運用されることが多い。実はこれがまた、条件を悪くする理由になっている。なぜか。

都市部はUAVの運用には厳しい環境

基本的に、都市部というのは高い建物が櫛比しているものである。筆者の自宅の近所など、表通りをクルマで走っていると、道の両脇にビルやマンションが建ち並んでいて、まるで谷間を走っているようだ。

そうなると、まずGPSによる測位が難しくなる可能性が出てくる。

GPSによる測位の原理とは、複数のNAVSTAR衛星(最低3基、できれば4基以上)が地上に向けて送信している電波を受信して、衛星ごとの電波到達時間差を調べて連立方程式を解くことである。ところが、その到達時間差を正確に把握するには、衛星から受信機まで一直線に電波が飛んで来なければならない。

もしも、電波が途中で何かにぶつかって反射してくると、その分だけ経路が長くなり、到達時間が実際よりも長く出てしまう。さらに厄介なのは、その反射波と、どこにも反射しないで一直線に届く直接波の両方が混在した場合だ。これをマルチパスというのだが、同じ衛星から到達時間差が異なる複数の電波を受信する形になるので、精確な測位が難しくなる。

そして、高い建物が櫛比している街中では、マルチパスが発生しやすい。また、頭上が開けていない分だけ受信可能な衛星の方位が限られることになり、これも測位精度に影響する要因になり得る。

では、自律的に測位して進路を決定するのが難しければ、無線遠隔操縦でなんとかならないか… という話になるのだが、これもまた、建物に電波が遮られる可能性を考慮すると、一筋縄ではいかない。実際、「官邸ドローン事件」の容疑者が供述した内容として「(機体との間の)通信が不安定になった」との話が伝えられている。

このほか、風が強い日には、気流の影響を受ける可能性も考えておかなければならないだろう。開けた場所を歩いていると、受ける風は実際に吹いている風の流れと大きくは違わないが、街中を歩いていると、急に風が吹き付けてきたり、急に風が止んだりすることがある。それが、特にマルチコプター型UAVみたいな小型の機体に影響しないとは考えにくい。

解決策はあるか

もっと大型の機体なら、建物の谷間に入り込むようなところまで高度を下げないから、マルチパスや通信途絶の問題は軽減できる。皮肉なことに、小型・軽量・安価で、あれこれと安全対策用のデバイスを盛り込むのが難しいUAVほど、条件が厳しい街中を飛行する機会が多い。

測位についていえば、(いまパッと思い付いたのだが)その場その場の緯度・経度・高度情報をスナップショット的に得るのではなく、継続的にデータを得ることで、突発的におかしな位置情報が出たら無視して切り捨てる、という手はありそうだ。

GPSを使っていると、たまにそういうことが起きる。筆者が使っているGPSロガーは、東北新幹線で青森に向かっているときに、どこで何をどうトチ狂ったのか、いきなり自己位置をアフリカのサハラ砂漠のド真ん中だと誤認識したことがある。

だから軌跡を地図にプロットすると、七戸十和田のあたりからいきなり軌跡がアフリカに飛んで、また元に戻っている。こんな極端なスッ飛び方をしたデータは信頼できないのが明白だから、切り捨ててもよろしい。

筆者がパッと思いつくぐらいだから、メーカー関係者だって思いついて試したことがあってもおかしくない。この測位の問題だけでなく通信途絶の問題についても、いろいろ知恵を絞っている可能性はあるだろうが、単にソフトウェアのロジックを改善するだけで済む問題とも思えず、難しいところではある。いくらソフトウェア屋さんが頑張っても、物理法則までは変えられない。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。