この連載は基本的に、「人手や機械仕掛けに頼っていたところにITを導入・活用することで、こんなに便利になった・安全になった・性能向上につながった」という類の話が多い。ところが実際の事例を見てみると、ハイテク化が却って事故の引き金になったのではないかと思える話もあるから難しい。

システムと人間の関わり

たとえば、以前に書いた自動操縦装置やフライ・バイ・ワイヤ(FBW : Fly-by-Wire)の話がある。これらの機器やシステムがどのように動作するかをパイロットが正しく理解していなかったり、パイロットの操縦操作に対する理解が足りないままに機器やシステムを設計したりすると、両者の間で喧嘩が生じて事故が起きる。

また、便利な機器が出現すると、人間がそれに寄りかかってしまって基本を忘れる、なんていうこともあるようだ。この連載のネタを探すために国土交通省のWebサイトを見ていたら、「小型航空機の安全確保」の項に、こんな記述があった。

有視界飛行方式でGPS装置を使用する場合には、同装置に依存し、又はその利用を前提として飛行の開始又は継続を判断しないこと。GPS装置を補助的に使用する場合には、関係規定等を遵守し、同装置の機能等を十分に承知したうえで使用すること。

GPS(Global Positioning System)によって、緯度・経度・高度がリアルタイムで分かるのはとても便利だし、それが安全につながることもある。しかし、GPSの情報に頼り切ってしまい、周囲に対する見張を疎かにすると、それはそれで事故の基になる。有視界飛行方式で飛んでいる小型機なら、なおさらだ。

また、昔に比べると信頼性が向上したとはいえ、便利な機器やシステムでも故障して使えなくなることがある。その機器やシステムにべったり依存していると、故障した途端に何もできなくなってしまう、なんていうことになりかねない。

無論、故障を起こさないに越したことはないし、便利な機材があればおおいに活用すべきではあるのだが、頼り切ってしまうのはどうだろう? という話になるのだろうか。

どんなにハイテク化しても自動化してもシステム化しても、飛行機が物理法則に従って飛んでいる以上、物理法則は超えられない。そして、生身の人間が乗って飛ばしている以上、人間に起因する限界もある。

そこで「お粗末なミス」とかいって吊し上げる精神論的解決策に走っても、それは本質的な解決にならない。機械にもコンピュータにも人間にもそれぞれ限度があることを弁えた上で、過去の事例を研究して、最善の落としどころを探っていかなければならない。

ソフトウェア制御の難しさ

そういえば、2015年5月9日にスペインで、エアバスA400M輸送機が墜落する事故が発生した。事故から少し経った際の速報として、TP400エンジンを制御するコンピュータの不具合を疑う内容のものがあったが、その後の続報によると、やはりその辺が怪しいらしい。

というのも、4基あるエンジンのうち3基について、パイロットのスロットル操作に対して正しく反応しないで、パワーが出ない状態のままだったという話が流れてきたからだ。

これが機械的に制御されているエンジンであれば、スロットル・レバーにつながった索がちょん切れるようなことでもない限り、パワーを増せという指示は少なくともエンジンまで伝わる。ところが当節のエンジンはコンピュータ制御だから、ソフトウェアに不具合があれば、いくらスロットル・レバーを操作してもエンジンはいうことを聞かない。

「エンタープライズ」チャンネルを御覧になっている皆さんなら、ソフトウェア開発の難しさについては先刻御承知のことと思う。仕様通りに機能していて、仕様通りに操作したときに、普通に動作するようプログラムして、テストするだけなら、まだいい。

厄介なのは、仕様から外れた操作や状況が発生したときに、どう対応するかだ。実際にソフトウェアのテストをやってみれば分かるが、テストケースを想定してリストアップして、それをひとつずつしらみつぶしにテストしていくのはべらぼうな手間がかかる。しかも、ひょっとするとテストケースの設定忘れということもあり得る。

そういえば、FBWがらみの不具合で事故を起こした飛行機はいくつもある。エンジンだって同じようなことが起きないとは限らない。

CFRP導入時の慎重さ

誤解しないでいただきたいのだが、「ソフトウェア制御なんてトンでもない、すべて機械的制御に戻せ」とか「GPSに頼って航法を行うのは危険だから、六分儀を持っていって天測しろ」なんていうつもりはない。

現時点で何か問題が出ているからといって、時計の針を巻き戻せば問題が解消するわけではなく、昔と同じ問題が再発するだけである。問題は、技術の進歩が起きたり、新しい機器やシステムや手法が考案・開発されたりしたときに、そこでどういう問題が起きる可能性があるかを見通して、慎重なアプローチをとれるかどうか、ではないだろうか。

新しい機器やシステムや手法やテクノロジーに乗せられて、イケイケドンドンになってしまい、そこに付随する、あるいは内包するリスクを無視するのが、もっとも危険という話である。

ITとはあまり関係なさそうの話だが、機体構造材に炭素繊維強化樹脂(CFRP : Carbon Fibre Reinforced Plastic)のような複合材料を使用するのに、どれだけ時間をかけて慎重にやってきたかを考えてみてもらいたい。CFRPを主要構造部に採用する機体が出てくるまでに、四半世紀かそこらの時間をかけているのである。

最初は端の方の、もし壊れてもあまり大きなダメージにならないところで試してみて、徐々に適用範囲を広げてきた。そうやってノウハウや実績を積み重ねてきてようやく、CFRP製の胴体や主翼を持つ飛行機で安心して飛んでいられるところまで成熟してきた。

航空機の内部にしろ地上側にしろ、ICT(Information and Communications Technology)を活用して問題解決を図ろうとしたときにも、(さすがに四半世紀は長すぎるかもしれないが)リスクを抑えて安全を最優先とするための慎重さが求められるのではないか。なんていうことを考えた次第である。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。