飛行機の安全というのは機体側だけで実現できるものかというと、そうでもない。地上側の支援機材・支援システムが充実したことも、航空機の安全に大きく貢献している。

レーダー情報の処理・融合

本連載では過去に、第2回でレーダー監視について、さらに第3回で運航管理とFDP(FlightPlan Data Processing system)、レーダー情報処理システム(RDP : Radar Data Processing System)といった話題について取り上げてきた。

一見したところでは、安全と関係なさそうに見えるかもしれないが、これらのシステムを組み合わせることで、空の状況が見えやすくなる。すると、管制ミスの可能性を減らす効果や、正体不明機が紛れ込むリスク、管制対象とすべき飛行機を見失ってしまうリスクを低減する役にも立つのではないか。

昔だったら、個々の機体が現在位置を口頭で報告してきて、管制官はそれを基に頭の中で状況を組み立てる必要があった。陸の上でも似たような話はあって、鉄道の運行管理をやるのに、指令員はどの列車がどこにいるかを一瞥できるような仕掛けを持っておらず、各駅から上がってくる口頭の発着報告に頼っていた時代があった。それでは状況を組み立て損なうリスクを完全には排除できない。

だからレーダーを設置して… という話になるのだが、ひとつのレーダーで全国をカバーできるのは、よほど国土が狭くて地形が平坦な国だけである。普通は複数のレーダーを設置して、カバーできる範囲を拡大したり、あるレーダーでは山の影になるエリアを別のレーダーでカバーしたりしている。

航空自衛隊を例に取ると、全国に約28ヶ所のレーダーサイトが設けられており、これらが切れ目のない対空監視網を構築している… ハズだが、MiG-25侵入事件のようなこともあるので、さらにE-2C早期警戒機やE-767空中警戒管制機を加えている。その多数のレーダーの情報を、別々のディスプレイに表示していたのでは仕事にならない。

レーダーで把握できるのは、そのレーダーの位置を起点とする方位・距離・仰角(三角関数の要領で高度も分かる)である。さらに、二次レーダーやFDPの情報を加味することで、個々の機体の「正体」に関する情報を追加できる。

それらの情報をRDPに取り込んで重畳・融合することで初めて、日本地図にレーダー探知目標を重ねて表示する図を生成することができる。そこまでやってようやく、「分かりやすい形での、空の状況把握」が実現する。

状況が良く分からない状態で管制業務を行うよりも、状況を明瞭に把握した状態で管制業務を行う方が、効率的かつ安全であろう。そして、それを実現しているのはデータ処理を担当するコンピュータと、データの受け渡しを担当する通信網であり、まさにICT(Information and Communications Technology)の領域である。

情報の伝達は?

ただ、状況を正確に認識することは、安全かつ確実な管制を実現するために必要な要素のうち重要な一部ではあっても、すべてというわけでもない。

空の上での管制業務の特徴は、最終的に管制官とパイロットの間での口頭のやりとりに依存している部分が多いこと、ではないだろうか。

陸の上だと、たとえばJR東日本の首都圏線区では出発時機表示機を設置して「延発」「抑止」などの指示を出せるようにしている。だが、それができるのは地面の上だから。まさか、空中に出発時機表示機みたいなメカを設置して、離陸待ちや着陸進入待ちなどの指示を表示させるわけにも行かない。

もちろん、無線交信に頼る部分が多く、それが大事だという認識があるからこそ、聞き間違いを防ぐためにフォネティックコードを取り入れたり、言い方に工夫をしたり、指示した内容を復唱させて間違いがないかどうか確認できるようにしたり、といった手を打っている。

また、紛らわしい言葉を使うのはNGだそうで、たとえば「OK」は禁句らしい。それをうっかり(?)タワーの管制官が口にしてしまった挙句に、意思の疎通がうまくいかなかったことから大事故を起こした空港もあったが。

そういえば、軍の世界では無線機で口頭のやりとりを行う代わりに電子メールとチャットを使う事例が出てきているが、それができる場面があれば、できない場面もある。

いちいちキーボードを引っ張り出して、画面を見ながら文章をタイプするよりも、口頭で喋ってしまった方が早いに決まっている。立て続けに複数の相手を取っ替え引っ替えしながら対応する場面でも、わざわざキーボードでチャットなんぞしていたら間に合わない。口頭の方が間違いなく速い。

となると、よほどものすごいブレークスルーが発生しない限り、今後も口頭によるやりとりが基本になる状況は変わらないと思われる。その中で、間違いや勘違いを防ぐ手段、ミスが発生したときにリカバリーしたり大惨事に発展したりするのを防ぐ手段として、ICTで何かできないだろうか。と考えてしまった次第。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。