ここまで、パイロットをはじめとする搭乗員や整備要員の訓練に際し、コンピュータやシミュレーション機材を活用しているという話を取り上げてきた。基本的には軍民の双方に関わる話だが、時にはミリタリーの分野にだけ関わる話もある。

飛ばす訓練と戦う訓練

民間機の場合は「安全に飛ばす」こと自体が仕事になるが、軍用機ではさらに、「任務をこなす」という仕事もついてくる。例えば戦闘機であれば、飛行機を飛ばすことだけでなく、その飛行機を「武器」として使うことも必要だ。

そこで関わってくる問題は二点ある。一つは「武器」の使い方を覚えること。つまり、レーダーや射撃管制システムや搭載兵装や電子戦装置といった、機器・兵装類を使いこなすということだ。ところが、使い方を覚えるだけでは、まだ足りない。「武器を使って戦うこと」も覚えないといけない。

つまり、武器の使い方を覚えたら、次はそれを使って敵軍を叩きのめすやり方を知らなければならない。すると、できるだけ実戦に近い環境で訓練する必要がある。軍人というのは、訓練された通りに戦おうとするものだ。だから、訓練が実戦と遊離した内容になれば、実戦の役に立たない軍人が育ってしまう。

だから、戦闘機が空中戦の訓練をする場面を一つとっても、勝手知ったる同一機種同士で行う訓練、いわゆるSACT(Similar Aircraft Combat Training)だけでは不十分だ。勝手が違う異機種同士での訓練、いわゆるDACT(Dissimilar Aircraft Combat Training)もやる方が望ましいし、それも他国のパイロットが相手なら、なおよい。

機種が違えば、性能も飛行特性も搭載兵装も違う。すると、空中戦を行う際の要領が違ってきてもおかしくない。ましてや異国のパイロットであれば、得手・不得手もモノの考え方も違ってくるから、自国のパイロットを相手にしているときには思いも寄らなかったような手を仕掛けてくる可能性がある。そういう経験をすることも、スキルアップのうちなのである。

パッケージという問題

また、現代の航空戦は、戦闘機だけでなくさまざまな航空機を集めた「パッケージ」によって行われることが多い。例えば、敵の地上軍を叩く場面ひとつとっても、本来の任務である地上攻撃を担当する機体以外に、防空網の制圧を担当する機体や、敵の戦闘機が迎撃してきたときに対処する機体、全体状況を見ながら必要に応じて指示を飛ばす早期警戒機、そして空中給油機が必要になることもある。

そんな複雑な任務を訓練しようとすれば、飛行機も人手も必要になるし、当然ながら費用もかかる。では、それをシミュレータ訓練で実現できないか。

特に米空軍みたいに所帯が大きいと、広大な国土の各地に基地が分散していて、早期警戒機はオクラホマ、F-22戦闘機はヴァージニアとアラスカとハワイとフロリダ、F-15戦闘機はノースカロライナとアイダホ、といった具合に配置がバラバラになっている。

これらが一緒になってパッケージを組み、リアルな演習をやりましょうといっても、全国から機体をどこかの演習場(ネバダ州のネリス空軍基地あたりか)に出張させるのは大変で、そう頻繁にはやれない。

DMONによる通信対戦

そこで米空軍が考え出した手が、シミュレータ同士をネットワーク化して「通信対戦」させる手だった。

シミュレータは当然ながら、対象となる機体が配備されている基地に設置されている。したがって、機種によって設置場所がバラバラなのだが、それらをDMON(Distributed Mission Operations Network)なるネットワークにつないでしまえば「通信対戦」ができるようになる。

ネットワーク化のメリットは、「対戦」だけにとどまらない。例えば、早期警戒機のシミュレータと戦闘機のシミュレータを連接すれば、戦闘機を管制する訓練、あるいは早期警戒機から指令を受けながら航空戦を実施する訓練を行える。

といっても簡単な話ではない。ある基地に設置したシミュレータで行った操作を、リアルタイムで別の基地にあるシミュレータに送って、レーダー画面の表示やビジュアル装置の表示などに反映させなければならない。ノースカロライナの基地にあるシミュレータでミサイルを撃ったら、その情報を直ちにアイダホの基地にあるシミュレータに伝達して反映させる、なんていう具合になる(ピンと来なかったらアメリカの地図を見てみよう)。

また、訓練の内容によっては「状況」を設定したり、「敵軍」を出現させたりというニーズもある。航空機同士の対戦なら航空機用のシミュレータ同士を連接すればよいが、地上軍や艦艇が関わってきたらどうするか。本物を使うか、シミュレータに状況を生成させるか、脅威の内容やシナリオをどう組み立てるか、といった課題を解決しないと訓練にならない。

さらに厄介なのは、連接そのものの実現である。シミュレータを制御するコンピュータ同士が互いに「会話」できないといけないわけだから、通信に使用するプロトコルやデータの記述形式を揃える必要がある。すでにあるシミュレータ同士の連接で、プロトコルやデータの記述形式が一致していない場合には、ゲートウェイを用意して変換しなければならない。

だから「ネットワーク化して通信対戦させる」といっても簡単な仕事ではないのだが、いったん実現すればメリットは大きい。いちいち機体とパイロットと整備要員を出張させなくても、ホームベースのシミュレータでDACTや航空戦パッケージの訓練ができる。そこで腕を磨いておいて、最後の段階で実機を集結させて訓練を行えば(たぶん)バッチリだ。

将来的には、異機種シミュレータ同士の連接を前提として、プロトコルやデータ記述形式の標準化が必須になるのではなかろうか。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。