本連載の第34回で取り上げた「土壇場でのキャンセルを見込んだ、意図的なオーバーブッキング」は、できるだけ空席を作らないようにする、つまり効率的な運航を目指すという話になる。それをできるだけ過不足なく実現するには、データ分析手法の活用が欠かせないだろうし、そこでITの活用という話につながる。

では、それ以外にも何か、効率改善・無駄の低減といった分野でITを活用できる分野があるだろうか。

LCCは格好のサンプル?

そういう観点からすると、ここのところ何かと話題になることが多いLCC(Low Cost Carrier)は、格好のサンプルになるかもしれない。

使用する機材が通常のエアラインとそれほど違うわけではないから、できることは、機種統一によるまとめ買いや整備・訓練費用の低減ぐらいだろうか。

また、空港の着陸料や燃料の価格を特別に、かつ極端に割り引いてもらっているわけでもなかろう。もちろん、施設を簡素化したLCC専用ターミナルを利用するとか、不便な小規模空港を利用するとか、ターミナルビルに直付けしないで沖止めにするとかいう手法で経費節減を図れるが。

もちろん、人を運ぶ事業である以上、安全に関わる部分で手を抜くこともできない。ローコストだからといって、安全の面でロークオリティになって良いはずがない。

こうしてみると、民間航空事業の基本となる部分で極端なコスト低減を図るのは難しそうである。無論、細々した経費節減を積み上げていくことも重要だが、それだけで「格安」になるかどうか。

当然のことではあるが、シートピッチをギリギリまで切り詰めて1機あたりの定員を増やすとか、ターンアラウンドタイムを短縮して「お客を乗せて飛んでいる時間」を増やす(つまり利益を生む時間を増やす)のは基本である。ただ、この辺の話はITの活用というよりも人的な工夫(乗客の我慢も含む)というべきだろう。

と、これだけでは「航空機とIT」ではなくなってしまいそうだ。

分かりやすいのはネット販売

ITの出番というと、たとえば販売の分野がある。LCCはネット予約がお約束だが、これはITの進化と普及なくして成り立たない。

昔なら、市中に自ら販売店を置いたり、旅行代理店に販売を委託したりといった手を使うのが普通だったが、それだと販売店の人と設備、あるいは旅行代理店に支払う手数料といった形でコストが押し上げられる。自前でネット予約を行う形態に限定すれば、そういうコストはかからない。

しかもインターネットが普及したおかげで「ネット予約を使ってね」といいやすくなった。昔みたいに、テキスト・ベースのパソコン通信サービスしかなかった時代には、それはちょっと使えない手だっただろう。

これは、利用者が多いか少ないかというだけの問題ではない。パソコン通信サービスのシステムと自社の予約システムを連接する手間だけでなく、テキスト・ベースのシステムでユーザビリティをどうやって確保するか、という厄介な課題もあるからだ。

そういう意味では、昔、国鉄が導入していたプッシュホン予約。音声通話しかできない電話と数字キーの組み合わせだけで、よくやったものだと思う。それはそれとして。

現在では、Webベースで予約システムを運用する際に問題になるセキュリティ、あるいはユーザビリティといった面で、技術進化の恩恵をおおいに受けている。スタティックなHTML文書しか使えないWebの時代に、今みたいなネット予約やネットショッピングの仕組みを実現するのは困難、あるいは不可能だっただろう。

PCだけでなく、携帯電話(いわゆるガラケー)やスマートフォンといったお手軽系(?)のデバイスが普及したことも、ネット予約の敷居を下げる方向に働いたのではないか。

また、チェックインを機械化するエアラインが増えているが、これもITの進化による恩恵を受けた分野のひとつといえるだろう。機械化することで人件費の節減につなげられる。

細かい話だが、ピーチ・アビエーションではノートPC・無線LAN・クラウド環境の組み合わせによって、バックオフィスの効率化と業務環境の改善を図っているそうである(参考記事)。

運賃設定もデータ分析の賜物

LCCは、もちろん「低価格」が売りだが、その「低価格」が常に一定の水準というわけではない。季節・曜日・時間帯、席の埋まり具合、あるいは購入のタイミングによって、運賃は結構な幅で変動する。

これはLCCを標榜していないエアラインでも同じだが、LCCの場合、「他社より安い」という前提は崩せない。何か間違えて、いわゆる非LCCのエアラインより高い運賃を設定してしまったら、LCCのレーゾン・デートルが怪しくなってしまう。

それだけに、他社の動向や過去の実績、予想される搭乗率など、さまざまなデータを基にして、きめ細かな運賃設定を行わなければならないし、そのシビアさは相当なものだろうと想像できる。

ときには、ライバルに負けないために赤字覚悟でバーゲン運賃を設定することもあるだろうし、別のときにはバーゲン価格の穴を埋めるために可能な限り高めの運賃を設定することもあるだろうと思われる。

これは人間の経験やカンだけに頼って実現できるものだろうか。人間の経験やカンを完全に排除できるとは限らないが、まずコンピュータを駆使したデータの蓄積・解析が土台になければ成り立たない話ではないかと思える。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。