これまでは、コックピット・クルーのワークロード低減というテーマを中心に取り上げてきた。しかし、航空機においてワークロード低減を必要とするのは、なにもコックピットの中だけとは限らない。コックピット以外でワークロード低減を必要とする場面の一例として、管制業務を取り上げてみよう。

音声交話だけで管制

航空機の管制業務をひとことでまとめると、「空の交通整理」ということになるだろうか。

レールの上だけを走る鉄道、道路があるところを走るのが基本となる自動車と異なり、空の上には物理的な形で「レール」や「道路」があるわけではない。そこで、迷子にならないように無線航法援助施設を整備したり、測位のための技術やシステムを整備したりといった努力が続けられている。

とはいえ、それはあくまで「飛んでいる航空機が機位を把握できなくなって迷子になる」という事態を避けるためのもの。他機との関わりについてはまた別の問題である。

そこで、管制官が無線で指示を出して「交通整理」を行う必要がある。ところが、管制官が「交通整理」を行うには、まず、誰がどこを飛んでいて、どちらに向かっているのかを知る必要がある。しかも、二次元ではなく三次元でだ。つまり、地図上の位置だけでなく、高度も知る必要がある。

その位置や高度を知る手段としてもっとも単純な方法は、管制圏内にある航空機からの自己申告である。現在位置を、緯度や経度、あるいは予め定められている位置通報点といった形で管制官に報告して、管制官はそれに基づいて頭の中で状況を組み立てる。現在でも、レーダーによるカバーができない場所、たとえば太平洋・大西洋・インド洋といった広大な外洋の上空では、この方法を使う場面があるだろう。

本連載の第4回で取り上げたADS-B(Automatic Dependent Surveillance-Broadcast)みたいなシステムは、衝突防止だけでなく、管制官による状況把握にも役立つのではないか。GPS(Global Positioning System)による正確な測位(しかもGPSは緯度・経度に加えて高度も分かる)と、それを自動的に通報する仕組みを組み合わせれば、レーダーがなくても、誰がどこを飛んでいて、どちらに向かっているのかを把握しやすい。

いいかえれば、個々の機体による測位と口頭による通報にだけ頼る方法の方が、状況把握のための管制官のワークロードは大きいということである。

一次レーダーと二次レーダー

状況把握のための負担を軽減するという観点からみると、レーダーの出現はエポックメーキングな出来事だったといえる。レーダーが周辺空域内の飛行物体を連続的に探知できていれば、誰がどこを飛んでいて、どちらに向かっているのかは把握しやすい。

ただし、初期のレーダーはレーダーを基準点とする距離と方位しか把握できなかったから、これはあくまで二次元の情報である。高度まで把握するには、別途、測高レーダーを併用するか、高度の情報も一緒に得られる三次元レーダーを使用する必要がある。つまり、レーダー技術の進化が状況把握を容易にして、ワークロード低減に貢献しているということである。

これが、いわゆる一次レーダーの機能だ。さらに二次レーダーを併用すると、民航機であれば便名が分かるし、高度の情報も得られる。

二次レーダーを使用するには、地上側のインテロゲーターに加えて、機体の側にもトランスポンダーを搭載して、事前に識別コードを設定しておく必要がある。二次レーダーは本連載の第2回で取り上げたことがあるので、そちらも参照していただければと思う。

マン・マシン・インタフェースの問題

ただしワークロードの低減やマン・マシン・インタフェースの問題という観点からすると、一次レーダーで得られる位置情報と二次レーダーで得られる属性情報を、どのような形で管制官に提示するか、という課題がある。また、そのレーダー機器が使いやすくできているかどうか、という問題もある。

つまり、単にレーダーがあるというだけではなく、どれだけ見やすい、使いやすいレーダーがあるかというところが問題なのだ。

初期のレーダーはAスコープといって、方位の情報と距離の情報を別々の画面に表示するという代物だった。これでは、1機だけを探知・追尾するだけでも大変だし、ましてや全体状況を把握するのは大仕事だ。

それが、レーダー・アンテナの位置を中心とする平面的な状況表示を可能とするPPI(Plan Position Indicator)スコープの出現で、状況把握が容易になった。PPIというと分からなくても、円形のスコープを輝線がグルグル回っているあれだといえば、お分かりいただけるだろう。

作る側からすればPPIスコープの方が大変だし、それだからこそAスコープの方が先に出てきたのだが、マン・マシン・インタフェースの改善を図るには、技術者が頑張って、より見やすいスコープを作ってくれないことには始まらない。

位置情報はそれでひとまず解決。便名の情報は、個々の機体に対応する輝点(ブリップ)の脇に文字で表示すればよい。では、高度は? 針路や速度は?といった具合に考えていくと、レーダー・ディスプレイひとつとっても、考えなければならないことはいろいろあるのだと分かる。

高度は仕方ないから文字で表示するとして、針路はベクトルとして矢印の向きで示せばよさそうだ。その際に、速度に応じて矢印の長短を変える手も考えられる。

さらに、複数のレーダーから得られた探知情報をコンピュータで整理・融合すれば、同一の探知目標はスコープ上にひとつしか現れなくなるから、これも状況把握を容易にする要素のひとつとなる。航空路の管制では複数のレーダーを併用せざるを得ないから、この要素は案外と重要だ。

執筆者紹介

井上孝司

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IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。