最近、IT関連のニュースメディアなどで、3Dプリンタが話題になることが多い。さまざまな産業界での応用が考えられているようだが、航空機業界も例外ではなく、関心を示している事例、あるいはすでに使い始めている事例がある。

BAEシステムズにおける活用事例

たとえば、2014年の初めにイギリスのBAEシステムズ社が明らかにした事例がある。

同社は英国防省から契約を得て、英空軍(RAF : Royal Air Force)のトーネードGR.4戦闘機を対象とする包括整備業務契約を担当している。その作業を実施するにあたり、3Dプリンタを活用しているのだそうだ。

同社が3Dプリンタで製作したトーネード用の部品は、コックピットに設置する通信機保護カバー、空気取入口の支持用ストラット、パワー・テイクオフ・シャフトの保護装置といったもの。これらの部品を組み込んだトーネードは、2013年12月に同社ウォートン工場で初のフライトを実施していたとのこと。

BAEシステムズ社の説明によると、3Dプリンタを活用することで、すでに30万ポンドの経費節減を実現しており、今後4年間では120万ポンドの整備経費節減を実現できる、と見込んでいるそうである。

このほか、同じウォートン工場で風洞試験を実施する際に、風洞試験で使用する模型の一部を3Dプリンタで製作した事例もあるという。こちらの対象はユーロファイター・タイフーン戦闘機で、十二分の一スケールの模型そのものは軽合金と木材で製作しているが、そこに取り付けるコンフォーマル燃料タンクを3Dプリンタで製作したとのことだ。

御存知ない方のために説明すると、コンフォーマルタンクとは「機体に張り付くような形で設ける外付け燃料タンク」である。

普通、戦闘機の外付け燃料タンクといえば前後を流線型に成形した円筒形(または葉巻型)で、それを胴体や主翼の下面に設けた兵装搭載用ステーションに懸吊する。そして、中の燃料を費消して空になったら投下して身軽になる。

ところが、このタイプの燃料タンクは空気抵抗の発生源になりやすい。そこで登場したのがコンフォーマル燃料タンクで、機体の外側にピッタリ張り付くような形で取り付ける。空気抵抗をできるだけ抑えられるような形になっているが、それを検証するためには風洞試験が必要になる理屈だ。

機体に固定設置するので、空になったからといって投下はできないが、固定用ボルトで留めている構造だから、地上で脱着することはできる。実用例としてはF-15イーグルがよく知られている。

3Dプリンタが使えそうな場面

脱線はこれぐらいにして。

もちろん、3Dプリンタは「あらゆる問題を瞬時に解決する魔法の杖」ではない。航空機部品を安価かつ手っ取り早く製作したいという場面で3Dプリンタを活用する場面があるのは確かだが、使える対象には限りがある。

たとえば、特殊な高強度素材を使っていて加工が難しく、しかも高い強度と信頼性が求められる 機体構造材の製作であれば、3Dプリンタを使うには相応の加工手段が要る。高力アルミ合金やチタン合金や炭素繊維複合材がバンバン使われる分野なのだ。

しかし、前述したトーネードGR.4の事例みたいに、コックピットで使用するカバーやパネル、あるいは機体の部品でも高い強度や特殊な素材が求められない分野であれば、3Dプリンタにも出る幕はある。

そして、劣化した部品や壊れてしまった部品の代替品を急いで確保しなければならないような場面では、3Dプリンタの有用性は高い。代替品を迅速に用意できれば、整備・補修のために機体が地上にいる時間を短縮できて、結果的に可動率の向上につながる。また、部品の発注や納入にかかる時間とコストの低減にもつながる。BAEシステムズ社が「3Dプリンタのコスト低減効果」をアピールしているのは、そういう話だろう。

補修整備だけとは限らない

先に挙げたBAEシステムズ社の事例は、「すでに存在する戦闘機を対象として補修整備を行う場面で、手っ取り早く交換部品を用意するために3Dプリンタを活用する」という話だった。しかし、なにも補修整備でなければ3Dプリンタを使ってはならない、なんていう決まりはない。それ以外ので面でも出番があるかも知れない。

たとえば、プロトタイプ機を製作する場面である。プロトタイプは一品もので、製作のための施設・機材・治具などが整っていない可能性も考えられる。すると、手っ取り早くパーツを製作するには3Dプリンタが役に立つ、という流れになることもあるだろう。

といっても前述のように、機体構造材みたいな重要部分では使えないだろうが、それ以外の部分で細々したパーツを作らなければならないときには話が別だ。

また、本連載の第23回で取り上げた実大模型(モックアップ)の製作も、3Dプリンタが役立ちそうな場面のひとつだと考えられる。木を削って加工したり紙に描いて貼り付けたりというのが、実大模型製作における典型的な手法だが、立体的なモノを作らなければならないのであれば、3Dプリンタにも出番がめぐってくる。

しかも、実機と違って特殊な素材を使うわけでもなければ、高い強度を求められるわけでもないから、これは3Dプリンタに向いていそうである。さらにいえば、試作してみて「ダメ、作り直し」となったときの対処も容易だ。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。