完成品の航空機を作り上げて販売しているメーカーの名前は知られているが、そのメーカーがすべての部品や機器を自社で製作しているわけではない。むしろ、外部の専門メーカーから調達しているものの方が多いぐらいかも知れない(点数ベースで考えるか、金額ベースで考えるかで、比率は違ってくるだろうが、その話は措いておく)。

SCMという課題

つまり、「航空機」という完成品の製品を生み出すためには、そこで用いられる多数の部品、あるいはエンジンやアビオニクス機器を初めとする搭載機器を外部のサプライヤーに頼る必要があるということだ。

すると当然ながら、サプライチェーン管理(SCM : Supply Chain Management)という課題が発生する。航空機メーカーに限らず、自動車メーカーでも鉄道車両メーカーでも、はたまたPCメーカーでも家電製品メーカーでも同じことだが。

ことに航空機の場合、このサプライチェーンがグローバル化・大規模化している点に特徴がある。

たとえばボーイング787ドリームライナーは、よく知られているように中央部胴体や主翼・中央翼といった主要機体構造材を日本のメーカーが手掛けている。もちろん日本メーカーが大きな存在感を示していることを否定するつもりはないが、日本以外のメーカーも含めて、世界各地にサプライヤー網を展開しているのがドリームライナーの特徴だ。

しかも、そのサプライヤー網から、正しく設計・製作したコンポーネントや搭載機器が、正しいタイミングでワシントン州やサウスカロライナ州の組立工場に届かなければ、完成品の機体を組み上げることはできない。

また、サプライチェーン網をグローバルに展開するということは、それだけ輸送に際してのリスク要因が多くなるということである。

たとえば、日本で製作した胴体や主翼は、拙稿「【レポート】ボーイング社、ドリームリフター・オペレーションズ・センターを開設 - 中部国際空港に設置しサプライチェーンを効率化」で紹介したように、専用の輸送機で中部国際空港から空輸しなければならない。

当然ながら、天候を初めとして、空輸のスケジュールを乱す可能性につながる要因がいろいろある。そういうリスク要因を織り込み、対処しつつ、所定の製作工程を乱さないようにすることが求められる。「ドリームリフター・オペレーションズ・センター」の開設も、そのための努力の一環である。

もちろん、大きな余裕を持たせて早めに部品やコンポーネントを搬入すれば、スケジュールを乱すリスクは抑えられるだろう。しかしそうすると、今度は在庫を抱えるためのスペースを初めとするコストアップ要因が発生する。できるだけジャスト・イン・タイムに近付けつつ、一方ではスケジュールを乱さないように工夫する、という相反する努力が求められるのだ。

F-35は万国博

身近な機体ということでボーイング787を引き合いに出したが、航空自衛隊が導入計画を進めている新戦闘機・F-35ライトニングIIも同様だ。1機のF-35を組み上げるには、アメリカ製の主翼や前部胴体、イギリス製の後部胴体と尾翼、アメリカ製またはトルコ製の中央部胴体、といった具合に、世界各地で製作したコンポーネントを集める必要がある。

さらに、それぞれのコンポーネントを構成する部品のレベルになると、カナダ製だったりオーストラリア製だったりノルウェー製だったりオランダ製だったりする。まさに万国博だ(というのはちょっと大袈裟か)。

一方、コンポーネントを組み合わせて完成品の機体を組み上げるFACO(Final Assembly and Check Out)施設にしても、現時点ではアメリカのテキサス州フォートワースにあるロッキード・マーティン社の施設と、イタリアにできたばかりのアレニア・アエルマッキ社の施設があるが、近い将来には日本にもFACO施設が加わる。

つまりサプライヤーが納入した部品やコンポーネントや搭載機器の行先が、ひとつではなく複数できることになる。すると、サプライチェーンを構成する「入口」だけでなく「出口」も複数できるということだから、品物の流れはますます複雑化する。

この複雑なサプライチェーンを切り回していくのは簡単な仕事ではないし、その前提となる状況把握の作業を実現するには、コンピュータによる工程管理とデータ通信網が不可欠の存在になる。

そうなると、個々の部品やコンポーネントや搭載機器にRFID(Radio Frequency Identifier)をつけて、輸送・配送の状況をリアルタイムで追跡できるようにするとともに可視化する作業も必須のものになるだろう。

という理由によるのかどうかは知らないが、ロッキード・マーティン社は傘下に、RFID関連ソリューションを手掛けているサヴィ・テクノロジーという会社を擁している。

逆にいえば、そういうSCMのためのITインフラを用意できるだけの技術的基盤が整っている当世だからこそ、ボーイング787やF-35の製作に際して構築しているような、グローバル・サプライチェーンを実現する気になれるわけだ。電話とFAXと紙の台帳でグローバル・サプライチェーンを切り回すなんて、考えただけでゾッとしない。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。