CAD/CAM(Computer Aided Design / Computer Aided Manufacturing)は、航空機に限らず、他の産業界でも日常的に使われているテクノロジーである。ただし航空機の場合、「軽く」「丈夫に」造らなければならないという要求がとりわけクリティカルなので、コンピュータの援用は昔から不可欠な要素となっていた。

ライバル企業の製品で機体を設計!?

設計・製図のコンピュータ化を実現するソフトウェアはいろいろあるが、ことに航空機の業界で有名、かつ広く使われているのが、ダッソー・システムズが開発した「CATIA」である。ちなみに、「CATIA」は「Computer graphics Aided Three dimensional Interactive Application」の頭文字略語とのことだ。

ダッソー・システムズはその名の通り、フランスの航空機メーカー、ダッソー・アビアシオン社の関連会社だ。CATIAはもともと、自社の航空機を設計するための3次元CADソフトとしてこの世に生を受けたのだが、単独の製品として外販され、航空宇宙・防衛産業界から他の重工業、さらに自動車業界など、さまざまな産業界で汎用的に用いられる3次元CADソフトに発展した。

また、単なるCADソフトの枠にとどまらず、設計・製作工程に関わるさまざまな作業をカバーする、多機能の製品に発展してきている。

CATIAの製品情報ページ

面白いのは、ダッソー・アビアシオン社と競合する航空機メーカーが、この「CATIA」を使って自社の航空機を設計する事例が多発していることだ。

ダッソー・アビアシオン社から見れば、結果的にライバルを手助けしているような格好になるし、競合他社の側から見ればライバル社の製品を使って自社製品を造っていることになるので、どちらにしてもいささか複雑な心境であるかも知れない。しかし、「CATIA」が優秀かつ有用なソフトウェアである以上、背に腹は替えられないということなのだろう(というと身も蓋もないか)。

強度計算とコンピュータ

なにも他のヴィークル、あるいは工業製品がいい加減な設計でよいというつもりはないのだが、ことに航空機の場合、軽さと強度の両立が重要な課題になる。

また、荷重がかかったときに変形することを前提とした設計が必要になるのは航空機の面白いところだ。飛んでいる飛行機の主翼を見てみれば一目瞭然だが、飛行機の主翼というのは弾性体として設計されているので、飛んでいるときに揺れたりしなったりするのが当たり前である。

知らない人が見ると恐怖感を覚えるらしいが、あれはもともとそういうつもりで設計されているものだから、安心して飛行機に乗っていただきたい。と、それはそれとして。

かような事情があるので、航空機の構造設計というのは大変な作業であり、紙の上で設計していたときには膨大な計算を手作業で行う手間がかかっていた。そこにコンピュータを持ち込んで構造解析を行うことで、効率的な設計作業が可能になるだけでなく、無駄のない設計につなげることもできる。

そこで出てくるのが、「鉄道とIT」の第21回でも言及した、有限要素法(FEM : Finite Element Method)による構造解析である。

有限要素法 - Wikipedia

有限要素法を構造解析に応用する際の細かい話は割愛するが、要は機体構造を構成する個々の要素を小さな要素の集合体とみなして、コンピュータによる強度計算を行う手法である。その「小さな要素」をどこまで細切れにするかで結果の精度が違ってくるから、コンピュータの処理能力が大きく影響する。

この有限要素法による構造解析も、航空機の世界にとどまらず、他の産業界でも広く使われるようになったのだが、たとえば日本で鉄道車両の構造設計に有限要素法を持ち込んだとき、使われたソフトウェアはボーイングを初めとする航空産業界の製品だったと聞く。

外形の設計とコンピュータ

また、航空機の設計に際しては「空力」という要素が不可欠だが、これも昔なら手回し式計算機でせっせと計算を積み重ねたり、過去の経験を活用したりといった部分が大きかった。しかし現在では数値流体力学(CFD : Computational Fluid Dynamics)を活用して、コンピュータで空力面の解析を行えるようになっている。

だから、まずCFDを駆使して基本的な解析と設計案のふるい落としを行い、「これぞ」という案について、模型を造って風洞試験を行うというプロセスを踏むことができる。さまざまな設計案について検証を行う作業を、CFDの活用によって効率化して、「ハズレ」を引くリスクを減らしているわけだ。

もちろん、最終的には実機を造って飛ばしてみる必要があるし、そこで初めて発覚する不具合というものも当然ながら存在する。それでも、CFDの活用が効率化やリスク低減につながっているのは間違いないと思われる。

また、民間機では関係ない話だが、軍用機やミサイルの設計で不可欠な要素になってきているステルス設計にしても、コンピュータの活用が不可欠だ。つまり、「こういう外形にしたときのレーダー反射はどのようになるか」をコンピュータで計算することで、ステルス設計に追い込みをかけるわけだ。

実は、初めてステルスを意識して設計されたロッキード社(当時)の技術実証機「ハブ・ブルー」のときからすでに、コンピュータを用いたレーダー反射の計算が用いられていた。ただし、当時のコンピュータの能力ではあまり手の込んだ計算ができなかったので、「ハブ・ブルー」にしろ、そこから発展する形で実用機に仕立てたF-117Aナイトホークにしろ、平面の集合体にせざるを得なかった。

B-2AやF-22AやF-35みたいな、複雑な曲面で構成する外形を持った機体のレーダー反射について計算しようとすると、その曲面で構成する外形を小さな平面の集合体に分解してレーダー反射の計算を行い、その結果を積み上げていかなければならないだろう。それではデータ量と計算量が多くなりすぎてパンクしてしまうので、1970年代のテクノロジーで設計された「ハブ・ブルー」やF-117Aでは、そんなマネは不可能だった。

つまりこれは、コンピュータの能力向上が航空機の設計に影響を及ぼした一例である。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。