先日、「国土交通省が、旅客機内における電子機器の使用を緩和する」とのニュースが流れた。旅客機に乗る度にアナウンスされる「離着陸時はすべての電子機器の使用を禁止します」について、緩和を図ろうというものである。

なぜ電磁波の干渉が問題になるのか

そもそも、この電子機器の利用を規制している背景にあるのは「電磁的干渉」の問題である。つまり、旅客が持ち込んで作動させている電子機器から発する電磁波が、航空機搭載電子機器(アビオニクス)の動作に悪影響を及ぼす事態が懸念される、という話だ。

もっとも実際のところ、規制が厳しいのは離着陸時で、巡航中は緩和される。そして、Wi-Fiを用いたインターネット接続サービスを提供しているエアラインがあるぐらいだから、無線LANの電波がアビオニクスに対して「わるさ」をする可能性は低いと考えられる。

ただ、電磁波を発する電子機器はそれ以外にもいろいろある。携帯電話(スマートフォンやデータ通信端末を含む)を初めとする移動体データ通信で使用している電波の周波数は、無線LANのそれとは異なる。それ以外にも、何らかの形で電磁波を発する機器はいろいろあるだろう。

それを、いちいち個別に「あれは○、これは×」とやっていたのでは収拾がつかなくなるし、新しい種類の機器が登場する度に規制を見直して周知徹底するのも骨が折れる。だから、機器ではなくシチュエーションを定めて「一律禁止」としたのは、十分に理解できる話である。

実のところ、「離着陸時の電子機器の使用停止」のおかげで、離陸時、あるいは着陸時に窓の外の景色を撮れなくて残念な思いをした経験は何度となくあるのだが、致し方ない。

国土交通省の新規制で注意したいのは、機種によって対応が異なる点である。その詳細については国土交通省のWebサイトにある報道発表資料を見ていただくとして。

どうして機種によって異なるカテゴリー分けがなされたのかといえば、基本的には、設計した時期、あるいは機種や用途の違いによって、電磁波干渉への対策の度合が異なるからだ。

海上自衛隊の新型哨戒機・P-1では、操縦系統をフライ・バイ・ライト、つまり銅線ではなく光ファイバーで操舵の指令を出す方式にしており、こちらの方が電磁的干渉に強い。しかし、ありとあらゆる通信線を光ファイバー化するわけにも行かないし、電子機器の内部に組み込まれた個々のパーツや基盤になると、どうにもならない。結局、機器の設計、あるいは実装によって電磁波の干渉を防ぐ策は必須のものとなる。

電磁波干渉と検証試験

アビオニクスに対する電磁波干渉という話を考えたときに、発生源は三種類考えられる。

  • アビオニクス製品同士で発生する干渉
  • 機内の電磁波発生源(旅客が持ち込んだ電子機器、軍用機が搭載するセンサー機器や兵装など)が原因となる干渉
  • 外部の電磁波発生源が原因となる干渉

前二者は分かりやすいと思うが、「外部の電磁波発生源」とは何か。それはたとえば、レーダーや通信機器などである。テレビ・ラジオ放送や携帯電話などを筆頭に、実社会ではさまざまな種類の電磁波が空中を飛び交っているが、特に機体の近隣に高出力の電磁波発生源があると、それによる影響が懸念される。

ことにそれが深刻になりやすいのが、軍艦の上だ。空母だけでなく、一般的な水上戦闘艦でも、後部にヘリ発着甲板を備えてヘリコプターなどを運用するケースが多い。すると、そういう場所で運用する航空機にとっては、レーダー機器や通信機器のアンテナがすぐ近くに存在するため、影響ははるかに深刻なものとなり得る。数百kmものレンジを持つ大出力の対空捜索レーダーが100mと離れていない場所で作動すれば、何も影響がないとは思えない。

これが早期警戒機になれば、自機の屋根上で大型・大出力のレーダーが作動するわけだから、その電磁波の影響を避けるように工夫しないことには仕事にならない。敵のレーダーや通信を妨害する電子戦機も、自ら大出力の電磁波発生源を抱え込む機体の一例である。

こういうことがあるので、航空機、あるいはそこに搭載するアビオニクス機器を設計・製作する場面では、電磁波干渉試験が必要となる。

まず、実際の運用環境を想定して、どういった種類の電磁波発生源があるかを確認する。そして、実機で使用するものと同じ電子機器を用意して、実運用環境と同様に電磁波を発生させる。それによって、動作に不具合をきたすようなことがないかどうかを検証するわけだ。ただし、通り一遍のテストだけではなくて、個々の機器の動作状況をいろいろ変えながら試す必要もあるだろう。

電子機器の塊となっている現在の航空機では、このプロセスは必要不可欠なものとなっているし、テストケースは複雑化する一方ではないかと思われる。

ちなみに、何かと話題のF-35でも当然ながら電磁波干渉試験を実施しているが、そこで使用するフルスケールモデル "Iron Bird" は、なんとアメリカではなく、オーストラリア国防省の研究部門・DSTO(Defence Science and Technology Organisation)が手掛けた。アメリカでこの手のテストリグを作れないわけではないが、F-35計画でリスク分担パートナーになっているオーストラリアに対する、一種のベネフィットということなのだろう。

ノースロップ・グラマン社では、ベル407ヘリを無人化するMQ-8Cという機体を開発しているが、無人化することになれば搭載する電子機器が増えるから、当然ながら電磁波干渉試験は改めてやり直しとなる。特に無人機の場合、機体がちゃんと動作するかどうかは搭載電子機器の動作にかかっているから、電磁波干渉によるトラブルは大問題だ(有人機ならトラブルが起きても良いというわけではないが)。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。