初っ端から「運航管理」なんていうお堅いテーマで始めてしまったが、今回からはもうちょっと馴染みやすい、「機体」の話について取り上げてみよう。飛行機に限らず、他のヴィークルでも事情は同じだが、コンピュータ制御の導入やIT化によって、見た目は大して変わらなくても中身は様変わりしている。

操縦のコンピュータ制御化

かつて、ロッキード社(当時)の先進開発部門・スカンクワークスのボスを務めたベン・リッチ氏(故人)は、著書「Skunk Works」(邦題は「ステルス戦闘機」、講談社刊)の中で「飛行制御コンピュータさえあれば、自由の女神に曲芸飛行をさせることもできる」と書いていた。

そのことの真偽はともかく、飛行制御コンピュータの登場が航空機の設計や操縦に大きな影響をもたらしたのは、紛れもない事実である。

飛行機は、姿勢や向きを変えるために「操縦翼面」と呼ばれる可動部を備えている。基本的な操縦翼面として、以下のようなものがある。

  • 補助翼(エルロン) : 主翼に設置して、ロール方向(前後軸を中心とする左右の傾き)の操縦操作を担当
  • 昇降舵(エレベーター) : 水平尾翼後縁に設置して、ピッチ方向(左右軸を中心とする機首の上げ下げ)の操縦操作を担当。戦闘機など、水平尾翼全体が動くものもある(全遊動式水平尾翼)
  • 方向舵(ラダー) : 垂直尾翼後縁に設置して、ヨー方向(上下軸を中心とする左右の首振り)の操縦操作を担当。まれに垂直尾翼全体が動くものもある(全遊動式垂直尾翼)

こうした操縦翼面は、操縦席に設けた操縦桿やラダーペダルと機械的につながっていて、パイロットが操縦桿を前後に動かすと昇降舵が、左右に動かすと補助翼が、ラダーペダルを踏むと方向舵が、それぞれ動くのが基本だ。

ところが飛行制御コンピュータを使用する場合、この機械的な接続がない。コックピットには操縦桿、あるいはそれと同様の機能を果たすサイド・スティックとラダーペダルが設けられているが、これらは飛行制御コンピュータへの入力装置である。

つまり、操縦桿やラダーペダルを動かす操作は「こういう飛び方をしたい」と飛行制御コンピュータに指示するための操作であり、飛行制御コンピュータがそれを受けて、各種の操縦翼面につながっているアクチュエータ(作動装置。主として油圧で動作する)に指示を出して、最適な向きに、最適な量だけ動かすわけだ。

こうした形態を、電線を通じてコンピュータに指令を出して操縦するところから、FBW(Fly-by-Wire)と呼ぶ。

FBWのメリット

では、FBW化にはどんなメリットがあるのか。

たとえば、わざと空力的に不安定な機体を設計しておいて、飛行制御コンピュータが舵面を常に動かして調整し続けることで「まともに飛べる」ようにする、という手法がある。

紙飛行機を作るときに機首を重くするのは、機体の重心を主翼の揚力中心より前方に持ってこないと静安定性を実現できず、まともに飛べなくなってしまうためだ。安定しているということは言い換えれば、機敏でなくなるということでもある。

そこで、機敏さが求められる戦闘機などでは、意図的に重心を後ろに持って行くことがある。ところが、そうなると、飛行制御コンピュータが介入して最適制御を行わないと、まともに操縦できない。また、ステルス機ではステルス性の実現を優先して空力的に不安定な機体にしてしまうことがあるが、その場合にも飛行制御コンピュータがないと困ってしまう。

それと関連して、戦闘機の中には「パニック・ボタン」を備えるものがある。空間識失調に陥るなどのトラブルに見舞われたとき、このボタンを押すと、飛行制御コンピュータが自動的に水平直線飛行に戻してくれるというものだ。

そんな仕掛けが必要になるのは戦闘機ぐらいのものだが、民航機でも、機体が危険な飛行領域に入らないように飛行制御コンピュータが自動的にリミッターをかけるようにしている事例がある。たとえば、機首を引き起こしすぎて失速すると危険だから、一定以上の角度に引き起こせないようにするわけだ。

この他にもメリットを挙げることができるが、とりあえず割愛して話を先に進める。

FBWの注意点

「いいことずくめ」に見える、飛行制御コンピュータとFBWの導入だが、注意しなければならない点もいろいろある。

まず、FBW化した飛行機がまともに、かつ安全に飛べるかどうかは飛行制御コンピュータの動作にかかっているから、飛行制御コンピュータのソフトウェアは完全でなければならない。実際、飛行制御コンピュータのソフトウェアに不具合があって飛行機が墜ちてしまった事例は存在する。

また、飛行制御コンピュータが機体の姿勢や速度を正確に把握できなければ、正しい制御は覚束ない。だから、姿勢や速度を知るためのセンサーが正しく機能していて、かつ、それらが正しく接続されていないと、飛行制御コンピュータが判断を間違えて、機体を墜落に導いてしまう危険性がある。

そして、飛行制御コンピュータの動作が、パイロットが馴染んでいる「飛行機の操縦操作」とかけ離れていると、スムーズに操縦できなくなる。だから、飛行制御コンピュータのプログラミングを行う際には、パイロットが訓練された通りの操縦操作をして、それで違和感を感じないように飛ぶようなプログラムが必要になる。

また、「こういう場面では飛行制御コンピュータはこういう動作をする」ということをパイロットが正しく理解していないと、飛行制御コンピュータとパイロットが喧嘩をする。実際、それが元で事故になった事例もある。

とどのつまり、IT化にしてもコンピュータ化にしても、それを扱う人間という要素を無視したのでは駄目、という話になる。飛行機に限らず、その他の分野でコンピュータ化・IT化を図る際にも、気に留めておかなければならないポイントではないだろうか。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。