燃料に関する話の締めくくりとして、雑多な「こぼれ話」をいろいろ集めてみた。こぼれ話だけに、燃料がこぼれる話も出てくる(!?)

漏れる燃料

ロッキードSR-71ブラックバードという偵察機があった。今はすべて引退してしまったが、アメリカ国内の博物館で展示品になっている機体があるので、現物を見ることはできる。

このSR-71は、マッハ3で飛行できる。それぐらいのスピードで巡航するとなると、空力加熱がすさまじいことになるので、一般的なアルミ合金では耐えられない。そこでSR-71は機体構造の93%をチタン合金B-120VCA(Ti-13V-11Cr-3Al)で作っている。

ところが、チタン合金といえども金属であり、高温になれば延びるし、低温になれば縮む。そこで問題になったのが燃料タンクだった。

高速で巡航飛行を行うだけに、SR-71の燃料搭載量は膨大で、約36トンもある。その燃料を効率良く収容するために、胴体内と主翼内に複数のインテグラル燃料タンクを設けた。つまり、機体構造の内部に独立した燃料タンクの容器を用意するのではなく、機体構造材の継目に漏れ止めを施して、内部空間をそのまま燃料タンクにする方法である。

これ自体はよくある方法だが、問題はSR-71のスピードと空力加熱。空力加熱によって機体構造材が延びるので、SR-71は最初からそれを想定した設計になっている。ということは、地上に駐機しているときには機体構造材は縮んだ状態になるわけだ。

そして前述したように、SR-71はインテグラルタンクを使っている。するとどうなるか。地上に駐機している時は機体構造材が縮んでいるから、インテグラルタンクを構成する機体構造材同士の継目部分に隙間ができる。そのため、地上にいる時のSR-71は、わずかながら燃料を漏らし続ける仕儀となった。

同じようにマッハ3巡航を企てた機体としてXB-70バルキリーがあるが、こちらは機体構造が異なる。チタンではなくステンレス・スチールのハニカム材だ。初号機は燃料タンクの漏れが発生したというが、2号機では解決できたとされる。

XB-70の場合、ハニカム構造によってある程度の断熱性を持たせる考えがあったようだ。だから、使用する燃料は凝固点が-54度と低い、JP-6という特殊燃料である。

B-58ハスラーも超音速巡航する爆撃機だが、こちらはマッハ2止まり(!)なので、アルミ外板を使用するハニカム構造による断熱で事足りた。ただし、エンジン排気を浴びる部分は温度が高くなるから、ステンレス・スチールのハニカム構造になったそうである。

駐機中のSR-71。燃料タンクが空ならいいが、燃料が入っていると、少しずつ漏れ出してくるそうである Photo : USAF)

冷やすための燃料

ちなみに、気温が極めて低い高々度を飛行するSR-71の燃料は、一般的なJP-4やJP-8ではなく、JP-7という特殊規格品になっている。米軍の規格名称はMIL-DTL-38219。

JP-7は原油を蒸留する方法ではなく、精製した炭化水素を合成する方法で製造している。窒素不純物や水分をほとんど含んでおらず、主成分はアルカン、シクロアルカン、アルキルベンゼン、ナフタレンなどだ。

JP-7の引火点はJP-8の38度に対して60度と高く、沸点は282~288度。析出点は-43.3度だから、際立って低いわけではない。しかし、巡航中は機体が空力加熱で温められている上に、JP-7燃料をコックピットや電子機器室などの冷却に使用しているので、それによっても温められる。よって、低温によって流動性が下がる問題はないわけだ。

この辺の考え方は、前述したXB-70とだいぶ違う。XB-70は空力加熱の影響が燃料に及びにくい設計(といっても程度問題だが)とする一方で、低温でも流動性を維持できる燃料を使った。一方、SR-71は空力加熱などで温められることを前提としていたので、低温での流動性をXB-70ほどには要求しなかった。

XB-70バルキリー。「死の白鳥」というニックネームを付けるなら、B-1Bよりもこちらのほうが似つかわしいと思うのだが Photo : USAF

ちなみに、SR-71の燃料には「エンジンの燃料」「機体の冷却」に加えて、もう1つの仕事がある。エンジン周りのいくつかの部品を動作させるための作動油としても使われていた。

燃料に作動油を兼ねる設計はSR-71の専売特許ではなく、実はF-35BのF135-PW-600エンジンでも、排気ノズルの向きを変える部分で使っている。燃料(fuel)を油圧(hydraulic)の代わりに使うので、両者を合成した fueldraulic という造語の名前がつけられている。

漏れない燃料

SR-71は構造上の理由から、地上にいる時は燃料を漏らし続ける。しかし、揮発性が高いガソリンを使っている飛行機で同じことが起きたら一大事である。

燃焼にしろ爆発にしろ、揮発性が高い石油製品のほうが要注意だ。第2次世界大戦中は、揮発したガソリンが艦内に充満して、それに引火したせいで爆発・火災に至って手がつけられなくなった空母が何隻もあった(珊瑚海海戦やマリアナ沖海戦について書かれた本を読んでみよう)。

そこの事情は飛行機も同じで、燃料タンクに機関銃の弾が当たって引火したら、たちまち機体は火だるまである。そこで、弾が当たった時にできる破口をふさぎ、中に入っているガソリンの漏出を防ぐ燃料タンクが考案された。

それがいわゆるセルフシーリング式燃料タンクで、タンクの内側にゴムを貼り付けた構造になっている。銃弾が貫通して穴が開いても、そのゴムが溶けて穴をふさいでしまうので、燃料漏れは防げる。

セルフシーリング式燃料タンクを実現しようとすれば、「撃たれて破口が開いた時に自動的に溶けて塞ぐ」性質を備えたゴムを大量に調達する必要があり、さらに、それを燃料タンクの内側にきちんと貼り付ける製作技術も必要になる。口でいうのと、実際にモノを作ることの間には壁があるという一例。

念を入れるのであれば、燃料を消費した後にできる空間に窒素みたいな不活性ガスを充填するほうが安全である。実際、SR-71やXB-70はそうやっている。しかし、第2次世界大戦中の戦闘機に、そこまで期待するのは無理があっただろう。

そもそも、充填する不活性ガスをどこから供給するかという問題がある。1ポンドでも軽くしたい飛行機に窒素ガスのボンベを追加するのは性能低下の元だし、窒素ガスを大量に確保して搭載する手間もかかってしまう。結局、第2次世界大戦中の機体では穴をふさぐ仕組みだけでよしとされたわけだ。それでも、ないのとあるのとでは大違いである。