【コラム】

航空機の技術とメカニズムの裏側

86 飛行機の燃料(5)燃費改善と空力対策

86/90

これまで、主として燃料を「積む」場面に関する話を取り上げてきた。軍用機でも民航機でも、長い時間、あるいは長い距離を飛行するには、できるだけ燃料を多く積みたいところだが、そうすると機体が重くなる。クルマも同じだが、燃費を良くすることも同じように重要だ。そこで今回は、飛行機における燃費改善について考えてみたい。

どうすれば燃費が良くなるのか

まず、真っ先に思いつくのはエンジンの改善であろう。同じ推進力を、より少ない燃料消費で発揮できれば、結果として燃費が向上する。高バイパス比のターボファン・エンジンは、それを実現するための究極の姿であるといえる。

もう1つの燃費改善施策は、抵抗の低減である。飛行機が飛ぶ際に発生する抵抗は主として空力的なものだが、細かく分けるといろいろな種類がある。例えば、機体の形状に関わる抵抗があれば、機体の表面を流れる空気流に起因する摩擦抵抗もある。

「えっ」というところでは、機体表面の塗装がある。塗装をはがして塗り直すと表面の平滑度が増して、摩擦抵抗が減るので燃費の改善につながる。それによって得られる燃料費の節減効果で、塗装にかかる費用のモトがとれるという話もあるぐらいだからすごい。

なにしろ、機体の表面を水洗いして汚れを落とすだけでも燃料消費がコンマ何パーセントか減る、なんていう話もあるぐらいだ。そこら辺の乗用車と違い、スピードが速い上に燃料消費の絶対量が多いから、摩擦抵抗低減の効果も大きいわけだ。

ただし軍用機の場合、表面がツルツル・ピカピカだと光を反射しやすくなって存在を暴露する原因を作るので、ツヤ消し塗装が一般的である。たぶん、ツルツル・ピカピカの民航機と比べると抵抗が大きいだろう。もっとも、戦闘機なら表面積は小さいから、まだマシ。厄介なのは大型の輸送機や爆撃機であろう。

極端なことをいえば、塗装すると塗料の分だけ機体が重くなるわけだから、塗装なんかはがしてしまえ、ということになりかねない。実際、記録に挑戦する場面で「機体を少しでも軽くしたい」といって塗装をはがした事例はある。しかし、それでは機体が長持ちしないので、これは「最後の手段」である。

塗装だけでもこんな調子だから、無論、機体の表面が凸凹しているのはよろしくない。突出物があったり、窓や扉のところが凹んだりしていれば、塗装とか機体の汚れとかいうのとは桁が違うレベルで抵抗が増えてしまう。だから、空港でスポットに居並ぶ旅客機を見てみるといい。表面は凸凹が極力抑えられたツルンツルンである。

ただし、そういう話になると軍用機はいささか様相を異にする。武器や増槽などの「吊るしもの」が不可欠だ。また、自らの身を護るための電子戦装置のアンテナ、通信するためのアンテナ、敵を探知・識別するためのセンサー機器など、機体の表面に突出する「ひっつきもの」がたくさんある。

当然、「吊るしもの」や「ひっつきもの」は抵抗を増やして燃費を悪化させる要素になるが、任務を果たすことの方が優先される。その辺は、経済性がとことん重んじられる民航機と違う。

誘導抵抗を減らす

その民航機の分野で、すっかり当たり前の存在となったのが、主翼の端部に取り付けられた各種の空力付加物である。これは、主翼の端部に発生する空気の渦(翼端渦)を減少させたり、発生する方向を上方にそらしたりして、結果として誘導抵抗と呼ばれる空気抵抗を減らそうというもの。

メーカーがいろいろと工夫をしているので、形態のバラエティは意外と豊富だ。ポピュラーなウィングレットは翼端が上方に折れ曲がったものだが、角を付けて折れ曲がっているものもあれば、曲線でつないでいるものもあるし、その曲線もきつかったり緩やかだったりする。

能書きよりも現物の写真を御覧いただくほうがよいだろう。

まず、エアバスの機体に多く見られる、小さな翼端板。A320シリーズやA380でおなじみだ。

A380は小さな翼端板を備えており、主翼断面の後半分で上下に生やしている

A320も同じ… というか、正確にはこちらがA380よりも先である。ただし、最近のモデルだと……

上方に折れ曲がった「シャークレット」と呼ばれるものを装着したモデルもある

ボーイング747-400(国際線仕様)は、ごくごく普通のウィングレット。角を付けて上に折り曲げた形になっている

こちらはボーイング767-300ER。比較的、背の高いウィングレットを備えている

エアバスA350は曲線的で、クルンと丸めたような形状の翼端になっている。真横から見るとあまりピンとこないが、前後方向から見ると特徴がある

他に例を見ない変わった形状なのが、ボーイング737のスプリット・シミタール・ウィングレット(Split Scimitar Winglet)。もともと上向きのウィングレットがあるところに、さらに下向きの部材を後付けして、こういう形になっている。

スプリット・シミタール・ウィングレットを備えるボーイング737。日本のエアラインでは導入事例はないようだ

最近になってボーイング社が多用しているレイクド・ウィングチップは、軽量化と誘導抵抗の低減を両立しようとした工夫の1つだと言える。最近の、ボーイングの長距離向け機材は大抵ウィングレットではなくレイクド・ウィングチップを使っている。

ボーイング787はアスペクト比が高く、しかも反り返った主翼が特徴だが、その主翼を見ると翼端部だけ後退角が大きい。曲線的に成形してあるので目立たないが、これもレイクド・ウィングチップの一種と言えるだろう。

レイクド・ウィングチップのアップ。これは777-300ERのものだが、747-8も似たような形状のものをつけている

ウィングレットをわざと付けないこともある

飛行する距離が長い長距離国際線ほど、空力的な燃費改善が効いてくる。近距離の国内線では上昇して巡航に移ったと思ったら降下を始めてしまうので、巡航時間は短い。そうなると、ウィングレットのような空力付加物の効果は限定的。

しかも、軽量化のための工夫をしているとはいえ、ウィングレットを追加すれば、その分だけ確実に機体は重くなる。だから近距離国内線仕様の場合、わざとウィングレットを付けないこともある。

その典型例がボーイング747-400。日本の国内線で使われていた、いわゆる747-400Dはウィングレットなしである。ボーイング767-300のウィングレット付き、ボーイング777-300のレイクド・ウィングチップ付きも同様で、国際線仕様だけ。国内線仕様にはついていない。

777-300の場合、レイクド・ウィングチップ付きの国際線仕様は国内線仕様より3.9m幅広になる。翼幅が広がると、スポットに入りきれない問題が生じる可能性が懸念されるが、これぐらいの差分ならなんとかなるようだ。

最近は、787やA350みたいに、もともと翼幅が広い機体が増えている。そのうち、スポットの間隔を見直さなければならない時期が来るだろうか?

86/90

インデックス

連載目次
第90回 特別編・ATR42-600リポート(1)ATR42とはこんな機体
第89回 飛行機の燃料(8)燃料をめぐるこぼれ話
第88回 飛行機の燃料(7)空中給油のメカニズム
第87回 飛行機の燃料(6)燃料補給の方法いろいろ
第86回 飛行機の燃料(5)燃費改善と空力対策
第85回 飛行機の燃料(4)変わった燃料タンクいろいろ
第84回 飛行機の燃料(3)機内に設置する燃料タンク
第83回 飛行機の燃料(2)ジェット燃料を巡るあれこれ
第82回 特別編・民航機の非常事態を宣言で注目「2次レーダーとスコーク7700」
第81回 飛行機の燃料(1)燃料の種類とアブガス
第80回 軍用機の兵装搭載に関わる制約
第79回 飛行機を巡るさまざまな「○○重量」(5)戦闘機と推力重量比
第78回 飛行機を巡るさまざまな「○○重量」(4)戦闘機の場合
第77回 飛行機を巡るさまざまな「○○重量」(3)軍用機の場合
第76回 飛行機を巡る「○○重量」を考える(2)
第75回 飛行機を巡る「○○重量」を考える(1)
第74回 トランスミッションに関する補遺とブレード折り畳みの実況
第73回 STOL/VTOL(10)無人機(UAV)の短距離/垂直離着陸
第72回 STOL/VTOL(9)DARPAの実験機「VTOL X-Plane」
第71回 STOL/VTOL(8)スウェーデンのハイウェイは滑走路!?
第70回 STOL/VTOL(7)F-35Bの面白い挙動
第69回 STOL/VTOL(6)VTOLの実現手法いろいろ(3)リフトファン
第68回 STOL/VTOL(5)VTOLの実現手法いろいろ(2)サンダーバードとテイルシッター
第67回 STOL/VTOL(4)VTOLの実現手法いろいろ(1)リフト・エンジンその2
第66回 STOL/VTOL(3)VTOLの実現手法いろいろ[1]リフト・エンジンその1
第65回 STOL/VTOL(2)STOL機の事例
第64回 STOL/VTOL(1)短距離離着陸と垂直離着陸の基本を知る
第63回 ヘリコプター(12)マルチコプターの操縦
第62回 ヘリコプター(11)高温・高標高などへの対処
第61回 ヘリコプター(10)ヘリコプターの降着装置
第60回 ヘリコプター(9)人や貨物の変わった乗せ方
第59回 ヘリコプター(8)オートローテーション
第58回 ヘリコプター(7)速度限界の突破~ティルトローター機
第57回 ヘリコプター(6)速度限界の突破~推進装置を別に持つ
第56回 ヘリコプター(5)エンジンの数と配置
第55回 ヘリコプター(4)ローター・ヘッドとトランスミッション
第54回 ヘリコプター(3)最高速度の限界とローター失速
第53回 ヘリコプター(2)ヘリコプターの操縦
第52回 ヘリコプター(1)ヘリコプターの形態
第51回 操縦室(10)ヘルメット・マウント・ディスプレイ
第50回 操縦室(9)ヘッド・アップ・ディスプレイ
第49回 操縦室(8)グラスコックピット(その2)
第48回 操縦室(7)グラスコックピット(その1)
第47回 操縦室(6)計器の表示方法と配置
第46回 操縦室(5)計器の種類
第45回 操縦室(4)操縦室の場所と配置
第44回 操縦室(3)機体の姿勢
第43回 操縦室(2)高度・針路・方位
第42回 操縦室(1)いろいろな速度と計測の方法
第41回 客室と貨物室(8)客室のあれこれ - オーディオ、ビデオなど
第40回 客室と貨物室(6)ギャレーと機内での食事
第39回 特別編「国際航空宇宙展2016」で見かけたあれこれ
第38回 客室と貨物室(5)扉を巡るあれこれ
第37回 客室と貨物室(4)超特大貨物用輸送機
第36回 客室と貨物室(3)荷物室と貨物室
第35回 客室と貨物室(2)腰掛けと荷棚
第34回 客室と貨物室(1)窓周り
第33回 降着装置(8)しりもち対策
第32回 降着装置(7)空母搭載機の降着装置
第31回 降着装置(6)降着装置を巡るあれこれ
第30回 降着装置(5)タイヤとブレーキを巡るあれこれ
第29回 降着装置(4)降着装置の畳み方いろいろ
第28回 降着装置(3)降着装置の収納方向
第27回 降着装置(2)脚柱と衝撃吸収
第26回 降着装置(1)降着装置の配置
第25回 航空機の動力系統(12)電動式航空機
第24回 航空機の動力系統(11)同一機種にエンジンいろいろ
第23回 航空機の動力系統(10)エンジンの騒音低減
第22回 航空機の動力系統(9)エンジンの配置と架装
第21回 航空機の動力系統(8)推力の向きを変える
第20回 航空機の動力系統(7)2スプール・3スプール・GTF
第19回 航空機の動力系統(6)タービン爆発事故と品質管理
第18回 航空機の動力系統(5)エンジンの羽根を冷やす
第17回 航空機の動力系統(4)アクセサリーいろいろ
第16回 航空機の動力系統(3)エンジンの始動とAPUとRAT
第15回 航空機の動力系統(2)エンジンの動作を妨げる要因
第14回 航空機の動力系統(1)エンジンの種類と動作原理
第13回 飛行機の操縦(6)その他のあれこれ
第12回 飛行機の操縦(5)動翼の作動方法
第11回 飛行機の操縦(4)スポイラーとエアブレーキ
第10回 飛行機の操縦(3)高揚力装置
第9回 飛行機の操縦(2)動翼にまつわるあれこれ
第8回 飛行機の操縦(1)三次元の操縦操作と動翼
第7回 航空機の構造(7)航空機の機体構造材[2]
第6回 航空機の構造(6)航空機の機体構造材[1]
第5回 航空機の構造(5)主翼の配置と翼胴結合
第4回 航空機の構造(4)戦闘機の機体構造
第3回 航空機の構造(3)胴体の構造
第2回 航空機の構造(2)主翼の内部構造
第1回 航空機の構造(1)揺れたり、反ったり、空間が空いたり

もっと見る

関連キーワード


人気記事

一覧

イチオシ記事

新着記事