前回は突発的に2次レーダーの話を取り上げたが、今回は燃料の話に戻って。第81回で、飛行機の燃料として灯油系のジェット燃料とガソリンがあるという話、それとガソリンをめぐるあれこれについて書いた。今回はその続きで、目下の主流であるジェット燃料について取り上げる。

ケロシン系とナフサ系

ジェット燃料は、基本的には灯油だが、巷で売っている灯油と同じものではない。また、主力の灯油系以外に、軽質油の成分比率を高めたナフサ系(ワイドカットガソリン系)、いずれにも分類されない特殊燃料といった種類もある。とはいえ、主力は灯油系である。

民間機で使用している灯油系ジェット燃料にはJET-AとJET-A1がある。一方、軍用の灯油系ジェット燃料としては、米軍でいうところのJP-5とJP-8がある。JP-5は海軍向け、JP-8は陸軍・空軍向けである。だから日本でも、海上自衛隊と航空自衛隊では使っている燃料が違う。

軍種に関係なく同じ種類の燃料にそろえるほうが、スケール・メリットの面で有利だし、補給支援の合理化にもつながる。では、どうして同じ種類に揃えていないのかというと、第81回でも述べた「艦上での安全性」が関わっている。

アメリカ海軍は空母だけでなく、揚陸艦でも水上戦闘艦でも航空機を運用している。みんなジェット燃料を搭載する必要があるので、火災に対する安全性を高める配慮が必要になった。艦艇が戦闘で沈没する原因の多くは火災だからだ。

そのため、JP-5は他の灯油系ジェット燃料よりも引火点が高い。具体的にいうと、民間向けの1号灯油(白灯油)や2号灯油(茶灯油)の引火点が「40度」以上となっているのに対して、JP-5は60~61度。べらぼうに違うわけではないが、燃料の安全性を高める工夫をしているというわけだ。

実は、ジェット燃料だけでなく艦艇用エンジンの燃料も同じ。こちらは軽油だが、市販の軽油よりも引火点が少し高い。防衛省仕様書では「61度以上」となっている。

一方、ナフサ系ジェット燃料としては、民間機で使用しているJET-Bと、軍用のJP-4がある。米空軍ではかつて、気温が低い高々度を長時間にわたって飛行する戦略爆撃機のことを考えて、析出点が低いナフサ系のJP-4を使用していた。そのほうが低温環境下での流動性が高いからだが、今はJP-8に転換した。軍用の灯油系ジェット燃料は氷結防止剤(FSII)を添加する定めになっているので、民間用のそれとまったく同じではない。

鶴見貯油施設から横田基地まで米空軍向けのジェット燃料を輸送している石油専用貨物列車、いわゆる「米タン」は専用のタンク車が48両割り当てられており、識別のために側面に「JP-8」と大書してある。貨車の側面には「ガソリン専用」と書いてあるが、これはベースの貨車がそういう仕様だからで、「JP-8」はガソリンではなく灯油系ジェット燃料である

ややこしいことに、軍用の燃料は規格を定めた当事者によって名称が違う。ジェット燃料の場合、こんな具合になる。

軍用ジェット燃料の規格いろいろ

米軍規格 NATO規格 防衛省規格
JP-5 MIL-DTL-5624T(MIL-PRF-5624S) F-44 DSP K 2206E
JP-4 MIL-DTL-5624E F-40 DSP K 2206E
JP-8 MIL-DTL-83133H F-34 -
JP-8 MIL-DTL-83133H F-35 -
JP-8+100 MIL-DTL-83133H F-37 -

析出点とは?

さて、聞き慣れない言葉が出てきた。析出点とは何か。

水は低温になると氷結するが、ジェット燃料は低温になると結晶の析出が起こり、流動を妨げる現象が起きる。それに関する指標が析出点である。計測方法の例を挙げると、こうなる。

  • 燃料をビーカーに入れて、ドライアイスで冷やしながらかき混ぜる
  • 温度が下がると、結晶が析出してくる
  • そこでドライアイスを取り除きながら温度を上げていく
  • 結晶が消えた時点の温度を析出点とする

いうまでもなく。析出点が低い燃料のほうが、低い温度になっても流動性を維持できる。だから、気温が低い成層圏を長時間にわたって飛行する際に、流動性の低下に起因するトラブルを避けやすい。ただし軽質成分が多い分だけ揮発性が高まるので、物騒ではある。

具体的な数字を示すと、こうなる。JP-4の析出点の低さが際立っている様子がわかる。

ジェット燃料の種類と、規格の主要項目

名称 引火点(最小) 比重(15℃, g/cm3) 析出点(最大)
JET A 38度 0.775~0.840 -40℃
JET A-1 38度 0.775~0.840 -47℃
JET B 0.751~0.802 -50℃
JP-5 60~61度 0.788~0.845 -46℃
JP-4 0.751~0.802 -58℃
JP-8 38度 0.775~0.840 -47℃

軍用ジェット燃料の添加剤

防衛省仕様書「DSP K 2206E」では、JP-5とJP-4のいずれも燃料1リットルに対して17.2~24.0mgの酸化防止剤を添加するよう規定している。

一方、米軍のJP-8では、静電気防止剤の違いからF-34とF-35の2種類、さらに熱安定性改善のための添加剤(NATO S-1749)を追加したJP-8+100(F-37)について規定している。

酸化を防止するための添加剤や、熱安定性改善のための添加剤が必要になる事情は理解しやすい。燃料の変質や機体への悪影響を防いだり、安定して燃焼してくれるようにしたり、という話である。では、静電気防止剤とは何か?

実は、ジェット燃料はかき混ぜただけでも静電気を発する性質がある。ということは、地上の燃料タンクや給油トラックから機内の燃料タンクに燃料を送り込んだ時も、静電気が発生しているわけだ。安全性のことを考えると、物騒な石油製品が大量にあるところで静電気が発生するのはありがたくない。

だから、静電気防止剤を添加したり、給油の際にアース線をつないだりして、静電気に起因する火災・爆発が起きないように工夫している。

こんな具合に、求められる仕様の違いや添加剤の追加といった事情があるため、同じ「灯油系」であっても、石油ストーブで使用する灯油とジェット燃料を比べると、ジェット燃料のほうがお値段が高い。その中でも特に、軍用のジェット燃料はお値段が高い。

だから最近、運用コストの低減を狙って、軍用機でも民間機と同じJET-A燃料を使用するものが出てきた。民間機と同じ燃料を使っていれば、民間空港に降りたときに燃料を融通してもらいやすいという利点もある。

ところで。さまざまな企業や政府機関などのうち、世界でいちばんたくさんの燃料を消費している組織がどこだか、おわかりになるだろうか。意外や意外、アメリカ空軍である。理由は簡単で、単に所帯が大きいというだけでなく、大型の輸送機を世界中に飛ばしているせいである。大型の輸送機は、戦闘機や戦車と比べると、燃料消費量の桁が違う。