これまで、民航機と軍用機の両方について燃料やペイロードの搭載量についていろいろ書いてきた。そこでよくよく考えると、エンジンの話は書いたのに、そこで使用する燃料の話がまだであった。ということで、燃料の話をしばらく取り上げてみよう。

タービン・エンジンとガソリン・エンジン

飛行機のエンジンを大き、「タービン・エンジン」と「ガソリン・エンジン」に分けることができる。前者はターボジェット、ターボファン、ターボプロップのことで、後者はクルマのエンジンとしてなじみ深いあれだ。

ガソリン・エンジンとレシプロ・エンジンは同じ意味として用いられる傾向があるが、最近、そうもいえなくなってきた。

レシプロ・エンジンとは往復動機関、つまりピストンが往復して、その動きをクランクシャフトで回転運動に変える構造を持つエンジンのことである。今でも、軽飛行機や無人偵察機はガソリン・エンジンで飛ぶものが多い。もちろん「軽飛行機だから軽油を入れる」なんていうことはない。

ところが最近、無人偵察機の中には、マツダの乗用車でおなじみのヴァンケル・ロータリー・エンジンを使っているものがある。UAVエンジンズ(UAV Engines Ltd.)という会社がイギリスにあり、小型のヴァンケル・ロータリー・エンジンをいろいろ製作している。実際に、この会社のエンジンを搭載した無人偵察機がいろいろ飛んでいるが、日本には入ってきていないと思われる。

このほか、ディーゼル・エンジンを搭載した事例がないわけではないが、あまりにも少数派なので割愛する。

航空燃料に求められる性能

さて。タービン・エンジンの燃料は基本的に灯油(ケロシン)である。「基本的に」と書いた理由は次回に説明する。一方、ガソリン・エンジンの燃料はガソリンである(当たり前か)。ただしこちらは、自動車用のガソリンと同じものとは限らない。

石油系の燃料なら、身近なところでもガソリンや軽油や灯油がある。ところが、航空燃料には独自の規格と専用の製品がある。なぜか。

まず、航空機のほうが運用環境が厳しい。成層圏まで上昇すれば、外の気温は氷点下50度を下回る。そんな場面でも流動性を維持できなければならない。流動性が低下すると、エンジンに対して燃料がスムーズに流れて行かなくなる。

また、品質に関する規定は航空燃料のほうが厳しい。不純物が原因でエンジンに付着物を発生させたり、部品を傷めたりするようなことがあってはならないので、そうなっている。

そうした事情から、ジェット燃料にはさまざまな添加物が加えられている。「基本的には灯油」と書いたのは、石油製品の分類としては灯油であるものの、そこら辺で石油ストーブ用に売っている灯油とまったく同一ではないからだ。

ハイオクとアブガス

タービン・エンジンが出てくる前の第2次世界大戦中には、ガソリンの性能が問題になった。エンジンの性能を高めて馬力を追求しようとすると、そこで使用するガソリンの「アンチノック性」が問題になったため。

早い話が、クルマのガソリンで「レギュラー」と「ハイオク」があるようなものである。ハイパワーの高性能車だとたいてい、ハイオク必須になっている。飛行機の世界も似たところがある。

今は一般的に、ハイオク(ハイオクタン・ガソリン)は石油精製の際の改質処理によってつくられている。ちょっと具体的な話を書くと、ガソリンを構成する成分の主力である炭化水素のうち、芳香族とイソパラフィンの比率が高いとオクタン価が高くなる。逆に、n-パラフィンやナフテンの比率が高いとオクタン価が低くなる。

そこで、他の炭化水素化合物を芳香族やイソパラフィンに造り替えてしまう処理が考案された。それが改質で、触媒を使う接触改質法が主流だという。

ところが、接触改質法が広く用いられるようになる前は、四エチル鉛を添加して実質的なオクタン価を高める(ハイオクと同じ性能を出させる)方法が使われていた。この方法を使っても性能は出るが、鉛害という厄介な問題がある。また、クルマのエンジンでは排気ガス浄化用の触媒をダメにしてしまう問題があるため、1970年代からガソリンは無鉛化されるようになって現在に至っている。

ところが、航空機用ガソリン、いわゆるアブガスでは、まだ有鉛ガソリンが残っている。ちなみに、アブガスとはAviation Gasolineのことだ。だから、アブガスの利用を前提にした飛行機に、ガソリンスタンドで売っている自動車用のガソリンを入れることはできない。

航空機用エンジンの中には、アブガス必須のものもあれば、そうでないものもある。機種によっては、自動車用のガソリンを入れて使える事例もあるようだ。

ちなみに、2017年の5~6月にかけて日本に飛来したブライトリング社のダグラスDC-3はアブガスが必要な機体だったので、日本で立ち寄る飛行場を決める際に、アブガスの入手性が問題になったそうだ。アブガスの在庫がない、あるいは入手するルートがない空港に降りても、燃料を補給できないから飛べなくなってしまう。

ブライトリング社のDC-3が仙台空港に飛来、これから松島基地に向かうためにエンジンを始動したところ(2017/5/31撮影)。エンジン始動の瞬間に出る煙を狙って、首尾よく仕留めることができた

ガソリンを使うことの、もう1つの問題

「できればガソリンを使いたくない」という場面が1つある。航空母艦である。

ガソリンは別名を「揮発油」というぐらい、揮発性が高い。常温でもどんどん気化してしまう。気化したガソリンが大気中にあれば、周囲に酸素もあるわけだから、火を点ければ燃える。

周囲が開けた場所ならまだしも、それが建物の中やフネの中で発生したらどうなるか。爆発・火災事故につながる危険性があるのは容易に理解できるだろう。実際、第2次世界大戦中に、気化したガソリンの爆発が原因で大火災を起こして沈没に至った空母は何隻もある。

その点、今の空母搭載機はほとんどがタービン化されているから、ガソリンを搭載する必要はなくなった。ジェット燃料だって燃料であることに変わりはないが、ガソリンほど物騒ではない。そういうところでも、今の空母の方が昔よりも生存性が向上している。

とかなんとか書いていたら意外と文字量が増えてしまったので、ジェット燃料の話は次回に。