【コラム】

航空機の技術とメカニズムの裏側

66 STOL/VTOL(3)VTOLの実現手法いろいろ[1]リフト・エンジンその1

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続いて、VTOL(Vertical Take-Off and Landing)の話に進むことにしよう。「VTOLの開発史には無数の墓標が並んでいる」とは軍事評論家・浜田一穂氏の名言だが、実際、この分野ではさまざまな方法が考案されては頓挫した。しかし、なじみの薄い「墓標」の話を列挙してもピンと来ないかもしれないから、まずは実際にモノになったVTOL機の話から。

縦向きのエンジンで持ち上げる

STOL機はEBF(Externally Blown Flap)方式にしろUSB(Upper Surface Blowing)方式にしろ、「主翼の揚力に、下向きに偏向するエンジン排気が加勢する」という考え方で成り立っている。低速ながら前進速度があるので、主翼はいくらかの揚力を負担している。

しかしVTOL機は前進速度がゼロだから、主翼に頼らずに機体の重量を上回る浮揚力を生み出さなければならない。主翼に頼れないのであれば、頼れるのはエンジンだけである。

そこで、後ろ向きのエンジンではなく下向きのエンジン、つまりリフト・エンジンを搭載するという考えが出てくる。日本では、科学技術庁・航空宇宙技術研究所(当時)がVTOLのテストベッド機を開発して、1970年12月15日に初めて浮上飛行を成功させた。前回にも紹介した、各務原市のWebサイトに写真が載っている。

参考 : STOL(短距離離着陸)およびVTOL(垂直離着陸)研究に使われた実験機 (各務原市Webサイト)

上のWebサイトに載っている写真はサイズが小さいのでわかりにくいが、機体の中央上部に2個、お椀状の物体が突き出ている。これがリフト・エンジンとなるJR100エンジンの吸気口に取り付けられた異物吸入防止用のメッシュ・カバーだ。その右側に、パイロットが右向きに座っている。

リフト・エンジンが発生する浮揚力の中心は、機体の重心位置と合わせる必要がある。浮揚力の中心と機体の重心位置がずれていると、浮揚力によって機体がつんのめったり、仰向けにひっくり返ったりしてしまう。だから2基のJR100エンジンは中央に設置した。

各務原市のWebサイトでも言及されているように、実は機体の中央に据え付けた2基のエンジンだけでは具合が悪い。風であおられるなどの事情で姿勢が崩れる可能性があるから、機体の水平を保つために追加の制御手段が必要になる。

そこで機体の前後左右にフレームを延ばして、その先端部に圧縮空気の吹出口を設けた。例えば機首が下がったら、機首の吹出口から圧縮空気を吹き出して持ち上げることで姿勢を元に戻す。他の向きについても同様だ。

つまり、機体の姿勢ならびに姿勢変化を把握する仕掛けと、それを受けて迅速に姿勢変化を打ち消すように圧縮空気を噴射する制御の仕掛け。その両方がなければVTOL機は安定できないのである。

VTOL機の水平飛行

さて。航技研で製作したテストベッドは「垂直離着陸と姿勢制御」のための実験機だった。ただ、縦向きにエンジンを取り付けただけでは横方向の移動ができないから、実用機にならない。

実は、それには解決策がある。ソ連の飛行研究所(LII)が1955年に、同様の形態を持つVTOLテストベッド「トゥールボリョット」を製作したが、これはリフト・エンジンの排気口に推力偏向用の舵(ベーン)を取り付けてあった。

そのベーンが縦向きなら、排気ガスは真下に向けて吹き出す。ところがベーンを斜めにすると、排気ガスが吹き出す向きも斜めになるから、横方向の分力が発生して水平方向の移動が可能になる。とはいえ、斜め方向に向けて噴出する排気ガスの分力に頼るだけでは、十分なスピードで水平飛行するのは無理がある。

すると、「リフト・エンジンとは別に、水平飛行用のエンジンと主翼を備えた飛行機」という形態に行き着く。

具体的に何年から何年まで、と区切るのは難しいが、1950年代から1960年代にかけてだろうか。欧米でVTOL機のブームが起きた時期があり、さまざまな機体が研究されたり、試作されたりした(そしてたくさんの墓標を後に残した)。

そうした中、ソ連ではミコヤン設計局がMiG-21の胴体内にリフト・エンジンを追加したYe-7PDを、スホーイ設計局がSu-15の胴体内にリフト・エンジンを追加したT-58VDを試作した。ただしこれらはSTOL(Short Take-Off and Landing)機で、VTOLには踏み込んでいなかった。

リフト・エンジンでアシストすることで浮揚力を増して、短距離離陸を可能にしようという考えである。だからYe-7PDもT-58VDも、後部に取り付けた主エンジンには推力偏向機構はない。そして、短距離離陸のためだけにエンジンを追加するのでは重量面のペナルティが大きすぎて割に合わないと考えたのか、リフト・エンジン付きSTOLの話は実用段階まで進まなかった。

しかし、リフト・エンジンを組み込んで、さらに主エンジンに推力偏向機構を追加すればVTOLができるのでは? という発想に至るのは自然な流れだったと言えるかもしれない(次回に続く)。

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インデックス

連載目次
第82回 特別編・民航機の非常事態を宣言で注目「2次レーダーとスコーク7700」
第81回 飛行機の燃料(1)燃料の種類とアブガス
第80回 軍用機の兵装搭載に関わる制約
第79回 飛行機を巡るさまざまな「○○重量」(5)戦闘機と推力重量比
第78回 飛行機を巡るさまざまな「○○重量」(4)戦闘機の場合
第77回 飛行機を巡るさまざまな「○○重量」(3)軍用機の場合
第76回 飛行機を巡る「○○重量」を考える(2)
第75回 飛行機を巡る「○○重量」を考える(1)
第74回 トランスミッションに関する補遺とブレード折り畳みの実況
第73回 STOL/VTOL(10)無人機(UAV)の短距離/垂直離着陸
第72回 STOL/VTOL(9)DARPAの実験機「VTOL X-Plane」
第71回 STOL/VTOL(8)スウェーデンのハイウェイは滑走路!?
第70回 STOL/VTOL(7)F-35Bの面白い挙動
第69回 STOL/VTOL(6)VTOLの実現手法いろいろ(3)リフトファン
第68回 STOL/VTOL(5)VTOLの実現手法いろいろ(2)サンダーバードとテイルシッター
第67回 STOL/VTOL(4)VTOLの実現手法いろいろ(1)リフト・エンジンその2
第66回 STOL/VTOL(3)VTOLの実現手法いろいろ[1]リフト・エンジンその1
第65回 STOL/VTOL(2)STOL機の事例
第64回 STOL/VTOL(1)短距離離着陸と垂直離着陸の基本を知る
第63回 ヘリコプター(12)マルチコプターの操縦
第62回 ヘリコプター(11)高温・高標高などへの対処
第61回 ヘリコプター(10)ヘリコプターの降着装置
第60回 ヘリコプター(9)人や貨物の変わった乗せ方
第59回 ヘリコプター(8)オートローテーション
第58回 ヘリコプター(7)速度限界の突破~ティルトローター機
第57回 ヘリコプター(6)速度限界の突破~推進装置を別に持つ
第56回 ヘリコプター(5)エンジンの数と配置
第55回 ヘリコプター(4)ローター・ヘッドとトランスミッション
第54回 ヘリコプター(3)最高速度の限界とローター失速
第53回 ヘリコプター(2)ヘリコプターの操縦
第52回 ヘリコプター(1)ヘリコプターの形態
第51回 操縦室(10)ヘルメット・マウント・ディスプレイ
第50回 操縦室(9)ヘッド・アップ・ディスプレイ
第49回 操縦室(8)グラスコックピット(その2)
第48回 操縦室(7)グラスコックピット(その1)
第47回 操縦室(6)計器の表示方法と配置
第46回 操縦室(5)計器の種類
第45回 操縦室(4)操縦室の場所と配置
第44回 操縦室(3)機体の姿勢
第43回 操縦室(2)高度・針路・方位
第42回 操縦室(1)いろいろな速度と計測の方法
第41回 客室と貨物室(8)客室のあれこれ - オーディオ、ビデオなど
第40回 客室と貨物室(6)ギャレーと機内での食事
第39回 特別編「国際航空宇宙展2016」で見かけたあれこれ
第38回 客室と貨物室(5)扉を巡るあれこれ
第37回 客室と貨物室(4)超特大貨物用輸送機
第36回 客室と貨物室(3)荷物室と貨物室
第35回 客室と貨物室(2)腰掛けと荷棚
第34回 客室と貨物室(1)窓周り
第33回 降着装置(8)しりもち対策
第32回 降着装置(7)空母搭載機の降着装置
第31回 降着装置(6)降着装置を巡るあれこれ
第30回 降着装置(5)タイヤとブレーキを巡るあれこれ
第29回 降着装置(4)降着装置の畳み方いろいろ
第28回 降着装置(3)降着装置の収納方向
第27回 降着装置(2)脚柱と衝撃吸収
第26回 降着装置(1)降着装置の配置
第25回 航空機の動力系統(12)電動式航空機
第24回 航空機の動力系統(11)同一機種にエンジンいろいろ
第23回 航空機の動力系統(10)エンジンの騒音低減
第22回 航空機の動力系統(9)エンジンの配置と架装
第21回 航空機の動力系統(8)推力の向きを変える
第20回 航空機の動力系統(7)2スプール・3スプール・GTF
第19回 航空機の動力系統(6)タービン爆発事故と品質管理
第18回 航空機の動力系統(5)エンジンの羽根を冷やす
第17回 航空機の動力系統(4)アクセサリーいろいろ
第16回 航空機の動力系統(3)エンジンの始動とAPUとRAT
第15回 航空機の動力系統(2)エンジンの動作を妨げる要因
第14回 航空機の動力系統(1)エンジンの種類と動作原理
第13回 飛行機の操縦(6)その他のあれこれ
第12回 飛行機の操縦(5)動翼の作動方法
第11回 飛行機の操縦(4)スポイラーとエアブレーキ
第10回 飛行機の操縦(3)高揚力装置
第9回 飛行機の操縦(2)動翼にまつわるあれこれ
第8回 飛行機の操縦(1)三次元の操縦操作と動翼
第7回 航空機の構造(7)航空機の機体構造材[2]
第6回 航空機の構造(6)航空機の機体構造材[1]
第5回 航空機の構造(5)主翼の配置と翼胴結合
第4回 航空機の構造(4)戦闘機の機体構造
第3回 航空機の構造(3)胴体の構造
第2回 航空機の構造(2)主翼の内部構造
第1回 航空機の構造(1)揺れたり、反ったり、空間が空いたり

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