【コラム】

航空機の技術とメカニズムの裏側

65 STOL/VTOL(2)STOL機の事例

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STOL(Short Take-Off and Landing)機にしろ、VTOL(Vertical Take-Off and Landing)機にしろ、さまざまな方法が考案され、試みられてきた。しかし、特にVTOLの分野では、多種多様な手法が試みられては死屍累々、実際に実用機としてモノになった事例は極めて少ない。ひとまず今回は、STOL機の事例をいくつか取り上げてみることにしよう。

エンジン排気を下に向ける

この後で2つの機体を紹介するが、どちらにも共通しているのは、高揚力装置を備えた主翼を持つだけでなく、さらにエンジン排気を下向きに逸らす仕組みを取り入れているところ。それを実現する方法の違いにより、異なる2種類の方式ができた。

もちろん、高揚力装置も離着陸時の速度限界を下げるためのアイテムだが、それだけでSTOL機を成り立たせるには、まだ足りない。そこでエンジンの排気を下向き(正確にいうと、後ろ斜め下方か)に偏向することで浮揚力を増した。

すると、低速になっても揚力を維持できるので、その分だけ離着陸時の速度限界を下げることができる。この手法をパワードリフトという。

ただし、これは「パワー + ドリフト」ではなく「パワード + リフト」。つまり、エンジンのパワーを揚力につなげているので、こういう名称になる。

ボーイングC-17AグローブマスターIIIの場合

一番手は、200機以上の量産を実現したボーイングC-17AグローブマスターIII輸送機。開発当初はマクドネルダグラス社の製品だったが、同社がボーイング社と合併したため、現在はボーイング社の製品になっている。

C-17Aは大型の軍用輸送機でありながら、最前線に近いところまで直接乗り付けられる能力が求められた。

ロッキード・マーティンC-5ギャラクシーみたいな「戦略輸送機」だと、最前線より後方の、長大な滑走路を持つ飛行場が必要になる。そこから先はロッキード・マーティンC-130ハーキュリーズみたいな「戦術輸送機」に積み替えて端末輸送を行うことになる。

その手間を省こうというのがC-17Aの狙い。すると、目的地の飛行場が長大な滑走路を備えているとは限らないから、STOL性能が求められる図式になる。

そこで、C-17AはEBF(Externally Blown Flap)という方式を使った。普通に飛んでいる時の外見は、他のジェット軍用輸送機と大して変わらないのだが、実は主翼の後縁に取り付けられたフラップを降ろすと、そこにエンジン排気が吹き付けられて下方に向かう流れができる。

実際にC-17Aのデモフライトを見ると、ビックリするぐらいゆっくり飛んでくる。というと正しい書き方ではない。「C-17はこんなにゆっくり飛べるんですよ」とデモンストレーションしているのだ。

ネリス空軍基地のエアショーで実見した時、「60トンを超える重たいM1戦車を積んで飛べる大型輸送機が、こんなにゆっくり飛べるものなのか」という驚きがあった。

着陸進入中のC-17A。エンジン排気がフラップを直撃するようになっている位置関係が明瞭にわかる

そして、ゆっくり降りてきた時の着陸滑走距離は極めて短い。仕様上の最低着陸滑走距離は1,000mだそうだが、筆者が見た時はもっと短かったと思う。もっとも、デモフライトのときは空荷で機体が軽いから、その分だけ条件はいいが。

もちろん、接地した後で急速に行き脚を止めるために、逆噴射装置(スラストリバーサ)も付いている。ただしC-17Aが旅客機と違うのは、不整地での発着を想定していること。だから逆噴射装置はエンジンナセルの全周ではなく、上半分よりいくらか広い程度の範囲にしか付いていない。

つまり、下のほうには逆噴射の排気が出ないので、地上の土や石が舞い上がりにくいようになっている。もっとも、実際にC-17Aが不整地に降りることは滅多にないようだが。

余談だが、昨年のネリスでは逆噴射を利用してバックするデモンストレーションもやっていた。着陸して行き脚を止めた……と思ったら、いきなりバックでタキシングを開始、それを止めて再び前方にタキシング、という内容だ。

逆噴射装置を作動させているC-17A。エンジンナセル側面の開口部をよくよく見ると、下のほうは板でふさがれている様子がわかる。つまり、エンジン内部から逆噴射の排気が出るのは上のほうだけである

STOL実験機「飛鳥」

もう1つが、科学技術庁・航空宇宙技術研究所(当時)が手掛けたSTOL実験機「飛鳥」。実験機だから1機しか作られなかったが、STOLに加えて、操縦席にHUD(Head Up Display)をつけたり、操縦系統にFBW(Fly-by-Wire)を取り入れたりと、いろいろな新機軸があった。

もっともこれは、アメリカみたいにテーマごとにいちいち実験機を作ることができないので、STOLをやるとなった時に、それに乗じていろいろ盛り込んでしまったということなのかもしれないが。もちろん、だからといって「飛鳥」の価値が下がるわけではない。

「飛鳥」の方式はC-17Aとは異なり、USB(Upper Surface Blowing)という。略すと同じだがUniversal Serial Busとは何の関係もない。

USBのキモは、エンジンを主翼前縁部の上側に配置して、排気を主翼の上面に流すところ。そこで主翼後縁のフラップを下げて、コアンダ効果を利用して排気を後ろ斜め下方に偏向させる。

平たく言うと、主翼とその後縁のフラップによって「流れ落ちる」平面を構成して、排気をそれに沿わせる仕組み。「そんな方法で、ちゃんと排気が下に向かって流れてくれるのか ?」と思われるかもしれないが、ちゃんと流れるのだから流体力学というのは面白い。

「飛鳥」は役割を終えた後で、岐阜県各務ヶ原市にある「かかみがはら航空宇宙科学博物館」に展示されている。だから、この博物館を訪れれば誰でも実機を見ることができる。そして、フラップを降ろした状態で展示してあるので、USB方式の現物を生で見られる。

エンジン後方とその外側とで構造が異なる後縁フラップ、エンジン後方に林立しているボルテックス・ジェネレータ(わざと流れをかき乱すことでエネルギーを与えて、気流の剥離を防いでいる)、機内に設けられた各種機器など、見どころはいろいろある。

参考 : STOL(短距離離着陸)およびVTOL(垂直離着陸)研究に使われた実験機 (各務原市Webサイト) http://www.city.kakamigahara.lg.jp/museum/124/000814.html

ちなみに、USB方式を使った他の機体としては、アメリカのボーイングYC-14や、ソ連/ウクライナのアントノフAn-72、An-74がある。このうちAn-72/74は、ちゃんと実用機になっている。

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インデックス

連載目次
第80回 軍用機の兵装搭載に関わる制約
第79回 飛行機を巡るさまざまな「○○重量」(5)戦闘機と推力重量比
第78回 飛行機を巡るさまざまな「○○重量」(4)戦闘機の場合
第77回 飛行機を巡るさまざまな「○○重量」(3)軍用機の場合
第76回 飛行機を巡る「○○重量」を考える(2)
第75回 飛行機を巡る「○○重量」を考える(1)
第74回 トランスミッションに関する補遺とブレード折り畳みの実況
第73回 STOL/VTOL(10)無人機(UAV)の短距離/垂直離着陸
第72回 STOL/VTOL(9)DARPAの実験機「VTOL X-Plane」
第71回 STOL/VTOL(8)スウェーデンのハイウェイは滑走路!?
第70回 STOL/VTOL(7)F-35Bの面白い挙動
第69回 STOL/VTOL(6)VTOLの実現手法いろいろ(3)リフトファン
第68回 STOL/VTOL(5)VTOLの実現手法いろいろ(2)サンダーバードとテイルシッター
第67回 STOL/VTOL(4)VTOLの実現手法いろいろ(1)リフト・エンジンその2
第66回 STOL/VTOL(3)VTOLの実現手法いろいろ[1]リフト・エンジンその1
第65回 STOL/VTOL(2)STOL機の事例
第64回 STOL/VTOL(1)短距離離着陸と垂直離着陸の基本を知る
第63回 ヘリコプター(12)マルチコプターの操縦
第62回 ヘリコプター(11)高温・高標高などへの対処
第61回 ヘリコプター(10)ヘリコプターの降着装置
第60回 ヘリコプター(9)人や貨物の変わった乗せ方
第59回 ヘリコプター(8)オートローテーション
第58回 ヘリコプター(7)速度限界の突破~ティルトローター機
第57回 ヘリコプター(6)速度限界の突破~推進装置を別に持つ
第56回 ヘリコプター(5)エンジンの数と配置
第55回 ヘリコプター(4)ローター・ヘッドとトランスミッション
第54回 ヘリコプター(3)最高速度の限界とローター失速
第53回 ヘリコプター(2)ヘリコプターの操縦
第52回 ヘリコプター(1)ヘリコプターの形態
第51回 操縦室(10)ヘルメット・マウント・ディスプレイ
第50回 操縦室(9)ヘッド・アップ・ディスプレイ
第49回 操縦室(8)グラスコックピット(その2)
第48回 操縦室(7)グラスコックピット(その1)
第47回 操縦室(6)計器の表示方法と配置
第46回 操縦室(5)計器の種類
第45回 操縦室(4)操縦室の場所と配置
第44回 操縦室(3)機体の姿勢
第43回 操縦室(2)高度・針路・方位
第42回 操縦室(1)いろいろな速度と計測の方法
第41回 客室と貨物室(8)客室のあれこれ - オーディオ、ビデオなど
第40回 客室と貨物室(6)ギャレーと機内での食事
第39回 特別編「国際航空宇宙展2016」で見かけたあれこれ
第38回 客室と貨物室(5)扉を巡るあれこれ
第37回 客室と貨物室(4)超特大貨物用輸送機
第36回 客室と貨物室(3)荷物室と貨物室
第35回 客室と貨物室(2)腰掛けと荷棚
第34回 客室と貨物室(1)窓周り
第33回 降着装置(8)しりもち対策
第32回 降着装置(7)空母搭載機の降着装置
第31回 降着装置(6)降着装置を巡るあれこれ
第30回 降着装置(5)タイヤとブレーキを巡るあれこれ
第29回 降着装置(4)降着装置の畳み方いろいろ
第28回 降着装置(3)降着装置の収納方向
第27回 降着装置(2)脚柱と衝撃吸収
第26回 降着装置(1)降着装置の配置
第25回 航空機の動力系統(12)電動式航空機
第24回 航空機の動力系統(11)同一機種にエンジンいろいろ
第23回 航空機の動力系統(10)エンジンの騒音低減
第22回 航空機の動力系統(9)エンジンの配置と架装
第21回 航空機の動力系統(8)推力の向きを変える
第20回 航空機の動力系統(7)2スプール・3スプール・GTF
第19回 航空機の動力系統(6)タービン爆発事故と品質管理
第18回 航空機の動力系統(5)エンジンの羽根を冷やす
第17回 航空機の動力系統(4)アクセサリーいろいろ
第16回 航空機の動力系統(3)エンジンの始動とAPUとRAT
第15回 航空機の動力系統(2)エンジンの動作を妨げる要因
第14回 航空機の動力系統(1)エンジンの種類と動作原理
第13回 飛行機の操縦(6)その他のあれこれ
第12回 飛行機の操縦(5)動翼の作動方法
第11回 飛行機の操縦(4)スポイラーとエアブレーキ
第10回 飛行機の操縦(3)高揚力装置
第9回 飛行機の操縦(2)動翼にまつわるあれこれ
第8回 飛行機の操縦(1)三次元の操縦操作と動翼
第7回 航空機の構造(7)航空機の機体構造材[2]
第6回 航空機の構造(6)航空機の機体構造材[1]
第5回 航空機の構造(5)主翼の配置と翼胴結合
第4回 航空機の構造(4)戦闘機の機体構造
第3回 航空機の構造(3)胴体の構造
第2回 航空機の構造(2)主翼の内部構造
第1回 航空機の構造(1)揺れたり、反ったり、空間が空いたり

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