滑走路を使わずに離着陸できるヘリコプターの話をしばらく続けてきたので、その話の流れで、短距離離着陸(STOL : Short Take-Off and Landing)と垂直離着陸(VTOL : Vertical Take-Off and Landing)が可能な航空機の話に移ろうと思う。これがまたメカニズムの見地からすると面白い分野だが、挑戦と挫折で死屍累々という分野でもある。

STOLの基本となる考え方

STOL(「えすとーる」と読む)とは、離着陸の際に必要とする滑走距離が、通常型の機体と比べて大幅に少ない状態を指す。ちなみに、通常型の機体はCTOL(Conventional Take-Off and Landing)というが、「滑走距離が××メートルを下回ったらSTOL、××メートルを上回ったらCTOL」という業界統一の閾値はないようだ。

離着陸時に滑走を必要とするのはなぜかと言えば、離陸の際は「主翼が充分な揚力を発揮できる速度まで加速する必要があるから」であり、着陸の際には「主翼が充分な揚力を発揮できる速度から安全に減速・停止する必要があるから」である。

「それなら、迅速に加減速すれば離着陸時の滑走距離を縮められるんじゃない?」

おおせのとおり、その通り。だから、エンジンの推力が不足気味だった昔のジェット軍用機では、JATO(Jet Assisted Take-Off)あるいはRATO(Rocket Assisted Take-Off)と呼ばれるロケット・ブースターを機体に取り付けて加速力を上げていた。

空母から発艦する際にカタパルトで射出するのも、狭い飛行甲板を滑走するだけでは不十分な加速を補うためである。空母の場合、さらに艦が風上に向けて全速航行することで合成風速を稼いでいる。

では着陸はどうするかというと、以前に本連載で取り上げたことがあるように、エンジンを逆噴射させたり、エアブレーキ(スピードブレーキ)を展開したり、制動用パラシュート(ドラッグシュート)を展開したりする。空母だと、着艦拘束ワイヤに機体側のフックをひっかけて強引に止める。

しかし、JATOやRATOは離陸する度に取り付けて、用済みになったら投棄しなければならないから面倒だ。しかも、機体の側に取り付け用の穴を用意しなければならない。ドラッグシュートにしても、減速した後で切り離すから、それをいちいち回収して折り畳んで再装着する手間がかかる。

といった具合に、CTOL機で離着陸滑走距離を縮めようとすると、いろいろと面倒な事情がある。そこで考え方を根本的に変えて、「主翼が充分な揚力を発生できる速度」そのものを低くするという考え方が出てきた。それがSTOL機である。高揚力装置を取り付けて揚力を稼ぐとかいう、生易しいものではないレベルで。

VTOLの基本となる考え方

その考え方をさらに推し進めて、「主翼が揚力を発生しなくてもエンジンで機体を支えられるようにすれば、滑走する必要がなくなる」という話になる。それがVTOL機である。VTOLは「ぶいとーる」と読む。

その名の通り、垂直離着陸を行う際には機体は前後方向に移動しないのだから、主翼で揚力を稼ぐことはできない。そこで、エンジンの動力に頼って機体を支えながら離着陸を行うことになる。そして、離陸に成功したら水平飛行に遷移する。着陸の際には逆で、水平飛行から速度を落としつつ垂直着陸に遷移する、という話になる。

当然、垂直離着陸の際には真下に向けて推進力を発揮しなければならない。しかしそのままでは水平飛行ができないから、推進力の向きを切り替える仕組みが必要になる。それを実現できて、かつ信頼性が高いメカを作ること。それと、垂直離着陸に加えて水平飛行との間の遷移を安全・確実に行うこと。それが、VTOL機を実現する際の最大の課題になる。

だから、VTOL機はSTOL機以上に多様な形態が考案されたし、その大半がなにかしらの不備を抱えていて、結果的に頓挫した。モノになった機体はごくわずかといってもいいぐらいだ。

そして、複雑なメカニズムを持ち、複雑な操縦操作を必要とすることになれば、これは民間機としては実現しがたい。よって、民間で滑走路いらずの機体が欲しい場合にはヘリコプターをどうぞ、という話になり、VTOL機が多用される分野は軍用、という状況になっている。

STOVLとスキージャンプ

実際には、離陸時は短距離滑走、着陸時は垂直着陸、という折衷的な運用を行う機体もある。これをSTOVL(Short Take-Off Vertical Landing)という。「えすとーぶいえる」と読む。2017年1月に岩国基地に飛来したF-35BライトニングIIや、その前任のAV-8BハリアーIIが典型的なSTOVL機だ。

以下の動画は、テキサス州フォートワースの飛行場でF-35Bが短距離離陸した後に水平飛行に遷移して、さらにホバリングを行うというもの。「えっ」というぐらいに短い滑走距離で浮揚している様子がよくわかる。

参考 : First F-35B Hover in Fort Worth

実はF-35Bにしてもハリアーにしても、燃料や兵装の搭載量を抑えて、機体の重量がエンジンの推進力を下回る状態にすれば、理屈の上では垂直離陸ができる。しかし、搭載できる燃料や兵装が少なすぎると実用的ではなくなる。つまり、航続距離が極端に短くなったり、飛んでいっても「仕事」ができなかったりするわけだ。

しかし、離陸の際だけ短距離滑走を取り入れれば、主翼の揚力でアシストしてもらえる分だけ最大離陸重量を引き上げることができる。すると、燃料や兵装の搭載量が増える。その方が実用的だから、F-35BにしてもAV-8Bにしても、短距離滑走・垂直着陸を組み合わせている。

ハリアーの開発元であるイギリスで考案され、その後にハリアーの導入国がいくつか、続いてロシアや中国の空母でも導入したのが、飛行甲板の先端を上に向けて反り上がらせた、いわゆるスキージャンプ。

これによって滑走速度を稼げるわけではないが、機体を上に向けて放り上げる効果は得られる。もちろん、角度を付けすぎるとスキージャンプを登るために推進力を食われてしまって逆効果だろうから、ちょうど良いバランス点がある。

以下の動画は、メリーランド州パタクセントリバーの試験施設に設置した陸上スキージャンプを使ってF-35Bが発進する模様を撮影したもの。短距離で離陸できるように、排気ノズルを下に向けたり、コックピット後部のリフトファンを作動させたりしている様子もわかる。

参考 : British pilot is first to fly F-35B from a ski jump launch

開発元のイギリスで見ると、最初にスキージャンプを装備した軽空母「インヴィンシブル」「イラストリアス」は7度だったが、同型3番艦の「アーク・ロイヤル」は12度に増やした。その後、「インヴィンシブル」は12度、「イラストリアス」は13度に増やす改修が行われた。

実はたまたま、「インヴィンシブル」が来日した時におじゃまする機会があったのだが、スキージャンプの先端まで上がって見下ろしてみると、12度でも結構な急坂に見えた(スキーやスノボの経験者なら、この感覚は理解しやすいと思う)。

他の艦も含めて、STOVL運用を行う艦におけるスキージャンプの傾斜角は10度台の前半が1つの目安になっているようである。