前回は計器盤の上部に取り付けるHUD(Head Up Display)の話を取り上げた。これを使うと、計器盤に視線を落とさずに飛行諸元などの情報を得ることができるので、有用性が高い。当初は戦闘機から導入がスタートしたが、最近では民航機でも導入事例が増えている。

HUDの話をしたのだから、次はヘルメットに取り付けるディスプレイ装置、すなわちHMD(Helmet Mounted Display)の話を。

どこを向いていても使える

ヘルメットを被って飛行機に乗るのは、軍用機ぐらいである。だからHMDも事実上、軍用機の専有デバイスと言ってよい。

動作原理はHUDと同じで、ヘルメットに取り付けたバイザー、あるいはコンバイナーに、ヘルメットの側部や上部に組み込んだプロジェクターから映像やシンボル表示を投影する。それらが、向こう側の計器、あるいは窓の外の景色と重なって見える。

それだけならHUDとHMDに大きな違いはなさそうだが、決定的な違いは、「HUDは正面を見ていなければ使えないが、HMDはどちらを見ていても使える」点にある。HUDは計器盤の上部に固定設置されているのに対して、HMDはヘルメットと一体化しているので、そうなる。

姿勢や速度や高度の情報なら、どちらを向いていても同じように表示すればいいのだが、せっかくどちらを向いていても使えるデバイスなのだから、それを活用できれば好ましい。軍用機の場合、その利点をターゲティングに生かす場面が多い。

ターゲティングとは、照準あるいは目標指示といった意味になる。例えば、攻撃ヘリコプターは機首あるいは胴体の下面に旋回式の機関銃を備えているものが多いが、それとHMDを連動させるとどうなるか。

パイロットが横を向いて目標を発見した時に、HMDに投影したレチクル(照準環)をその目標に合わせて、何かボタンを押す。すると、指示した目標の向きに関する情報が旋回式の機関砲に送られて、機関砲がそちらに向けて発砲する。これなら機体の向きを変えなくても広い範囲で交戦できる。

AH-64Dアパッチ・ロングボウ攻撃ヘリ。胴体の下面に機関砲が付いている様子がわかる

空対空ミサイルでも同じことができる。最近はオフボアサイト能力といって、真正面以外の広い範囲に交戦可能範囲を拡大した格闘戦用空対空ミサイルが増えてきている。その場合にも理屈は同じで、パイロットが首をぐるぐる回して敵機を探し、見つけたらHMDに投影されたレチクルでもって目標を指示する。すると、その情報がミサイルに送られて、トリガーを引くと、そちらに向けてミサイルが飛んで行く。

米軍でAIM-9X空対空ミサイルのターゲティングに使用している、JHMCS (Joint Helmet Mounted Cueing System)の外見と、シンボル表示の例。余談だが、JHMCSは「ジェイヘミクス」と読むらしい Photo : USAF

頭の向きがわからないと困る

と簡単に書いてしまったが、こういった話を実現するには、1つ厄介な課題がある。パイロットがどちらを向いているかを把握できないと困るのだ。

HUDなら真正面に向いて固定されているから、そのことを前提にできる。しかし、パイロットがどちらを向くかがわからないHMDでは、パイロットの頭の向きを三次元で把握しておいて、その情報とHMDに投影するシンボル表示の内容をひもづけないと、「目視した方向の敵を狙う」ことができない。

では、頭の向きをどうやって把握するか。ポピュラーな方法としては、ヘルメットに磁石を仕込んでおく方法がある。ヘルメットに複数の磁石を組み込んでおき、コックピットの側には磁場の変化を検出するセンサーを付ける。その磁場の変化に基づいてヘルメットの向きを把握する仕組み。「そんな方法でうまくいくのか」と思ったら、うまくいくそうである。

磁気以外の探知手段もあるが、いずれも「頭の向きが変わった時に何かが変化するようにして、その変化をセンシングする」という考え方は同じだ。

難しいのは、そういう仕組みを、そしてディスプレイ装置一式を組み込みつつ、ヘルメットをできるだけ軽く、コンパクトに仕上げること。ヘルメットが重くなると、強いGがかかる機動をした時にパイロットの首にかかる負担が増える。それで首を傷めてしまったのでは困る。

HUDを模擬するHMD

2016年10月に開催された「国際航空宇宙展」に、ロックウェル・コリンズ社が「SimEye SXT50 II」という製品を持ち込んでいた。一見したところ、ただのHMD付きヘルメットに見えるのだが、用途が独創的だ。

「SimEye SXT50 II」の狙いは、HUDを装備していない機体を使って、HUDを装備した機体を模擬することにある。つまり、パイロットが「SimEye SXT50 II」が付いたヘルメットを被って機体に乗り込み、操縦や模擬交戦を行うと、その際にHUDに表示するであろうものと同じ内容のシンボル表示を、HMDに投影する仕組み。

これにより、「HUDを装備していない機体でも、HUD装備の機体を想定した訓練ができます」というのだ。機体にHUDを追加する改造を行わなくても済むので安上がり……という狙いによるのだろう。

外見もちょっと変わっていて、バイザー、あるいは1枚もののコンバイナーに投影するのではなく、左右の目にそれぞれプロジェクターとコンバイナーが独立して付いている。推測だが、こうする方が軽量化できるのではないだろうか。

ロックウェル・コリンズ社の「SimEye SXT50 II」。HMDでHUDの模擬をするユニークな訓練機材

ちなみに、同じ「国際航空宇宙展」にBAEシステムズ社が出展していた「ストライカー」は、訓練用ではなく一般的な戦闘任務用のHMD付きヘルメットで、バイザーにシンボルを投影するようになっている。ただしそれだけでなく、ヘルメット上部に取り付けた小型赤外線センサーの映像も表示できる。重い上に視野が狭い暗視ゴーグル(NVG : Night Vision Goggle)を取り付けるよりも、こちらの方が軽量かつコンパクトになる。

HMDの活用事例というと、忘れてはいけないのがF-35ライトニングIIで使っているAN/AAQ-37 EO-DAS(Electro-Optical Distributed Aperture System)だが、これは拙稿「軍事とIT」の第157回を参照していただきたい。