計器にまつわる話をいろいろ書いてきたところで、いよいよ現代的な話題に入っていこう。今回のお題は、現代の主流になっている「グラスコックピット」である。業界では「EFIS(Electronic Flight Indtruments System)」ともいうが、ここではなじみ深い言葉で書くことにしよう。

そもそもグラスコックピットとは?

アナログ計器は機械的に動作するものである。例えば、対気速度計であれば、ピトー管と配管をつなぐことで動圧と静圧の入力が得られるから、両者の差に応じて針が動くような機構を作り込めば実現できる。

高度計も同様で、外気圧の変動に応じて膨らんだり縮んだりする金属製の缶(計器の世界では「盒」という言葉を使う)の形状変化に応じて、針が動くようにすればいい。

もっとも実際には、もっと複雑である。例えば、高度計であれば、地上での気圧の変化に応じて表示位置を補正する仕組みが必要になるからだ。

では、グラスコックピットはどういう話になるのか。機械的に動作するアナログ計器と同じ表示を、ディスプレイ画面にコンピュータ・グラフィックで表示するものである。画面のどこに何を表示するかはコンピュータがつかさどっているので、速度・姿勢・高度などのデータは、電気信号の形でコンピュータに入力する必要がある。

だから、グラスコックピットを実現するにはエア・データ・コンピュータが必須だと言える。ピトー管や静圧口から配管を直接つないでも、コンピュータは何も表示してくれない。いったんエア・データ・コンピュータに配管をつないで、コンピュータがデータを取り込んで処理できるようにする必要がある。

こうした動作原理の関係から、パソコンを使ってグラスコックピット「モドキ」のものを作ることもできる。実は、筆者が大学の卒業論文でテーマにした話がこれだった。データはフライト・シミュレータの制御用コンピュータから受け取って、それに基づいて画面に計器と同じ内容を描画するようなプログラムを書けばよい。

グラスコックピットの発端

グラスコックピットを初期に導入した機体として広く知られているのは、ボーイング757とボーイング767だろう。この両者は胴体の直径やエンジンに違いがあるが、コックピットは共通仕様である。

使用したディスプレイ装置は6面あり、いずれもCRT(Cathode Ray Tube)を使っていた。今と違って、高輝度・大画面の液晶ディスプレイは、まだ開発が進んでいなかったからだ。

その6面の配分はというと、まず正副操縦士席の正面に、姿勢指示計(ADI : Attitude Director Indicator)を電子化したEADI(Electronic ADI)と、水平状況指示計(HIS : Horizontal Situation Indicator)を電子化したEHSI(Electronic HSI)が1面ずつ。上にEADI、下にEHSIを配置して、ADIやHSIを置き換えた。その両側の計器はアナログ計器のままである。

残る2面は正副操縦士席の中間に配置して、エンジン・燃料・電気系統といったシステム関連の情報を表示するのに使う。これをEICAS(Engine Indication and Crew Alerting System)という。

ボーイング757の軍用型、C-32Aのコックピット。暗くてちょっと分かりにくいが、比較的小さな画面のEADI、EHSI、EICASに加えて、まだ結構な数の機械式アナログ計器が残っている Photo:USAF

グラスコックピットの利点

では、グラスコックピット化するとどういう利点があるのか。

まず、互いに関連があるデータをまとめて表示できる点が挙げられる。EADIには姿勢・速度・高度の情報が集約され、EHSIには方位・航路・気象レーダーの情報が集約される。アナログ計器では複数の計器に分かれていた情報が、分野別に同じ画面にまとめられた点がポイントである。

EHSIの場合、自機がどちらを向いて飛んでいて、その前方に雷雲があるかどうか、この先の経路はどうなっているか、といった情報を1つの画面にまとめてくれる。すると、目的地に向かう針路から外れないようにしつつ雷雲を避けなければならない、といった場面への対処が容易になると考えられる。

次に、1つの画面で複数の用途に対応できる点が挙げられる。

そもそも、「飛行機のコックピットは計器とスイッチだらけ」という印象を受けるのは、アナログ計器だと用途ごとに専用の計器を必要とするからだ。

先代「エアフォース・ワン」、VC-137Cのコックピット。ベースモデルのボーイング707と同様、機械式アナログ計器で埋まっている Photo:USAF

グラスコックピットでは、どこに何を表示するかはコンピュータのプログラム次第だから、それぞれの場面に応じて必要な情報だけを表示するようにして、用のない表示を消すことができる。計器だけでなく表示灯についても事情は同じだ。

先に出てきたEICASが典型例で、2つの画面に何を表示するかは、その場の状況、あるいはパイロットの選択によって変更できる。

例えば、離着陸時はエンジン関連の情報を表示させたいだろう。エンジンがトラブルを起こしたら一大事だし、すべてのエンジンが問題なく動作しているかどうかは、離陸を決心する際に重要な意味を持っている。

一方、離陸の際には燃料を入れたばかりだから、タンクごとの燃料搭載量を確認する必然性は薄い。しかし、巡航中は話が違い、燃料残量を確認する必要が出てくる。その時は表示を燃料タンクの残量表示に切り替えればいい。

分野によっては、ときどき表示させて確認したり、設定を変更したりするだけでいい種類のものもあるだろうから、それもまた、必要に応じて画面を呼び出せば済む。

導入は段階的に

飛行機の世界では何でもそうだが、新しいものは順を追って段階的に導入が進む。グラスコックピットも例外ではなく、初めて導入した757/767では一部の計器が電子化されただけ、という印象を受ける。

もっとも、真っ先に導入対象になったのは主要計器だから、機体構造材料みたいに「端の方から少しずつ」というわけではない。とはいえ、最初のうちは機械式計器を残していたのは事実だ。その後、グラスコックピット化が進んだ機体でも、姿勢計みたいに重要性が高い計器はバックアップとして機械式計器を残すケースが多かった。

しかし今では、グラスコックピットとそれを支えるアビオニクスが進化して、信頼性も十分と認められている。だから、バックアップの機械式計器はほとんど姿を消した。今でもバックアップ用のADIは残っているが、それすら機械式ではなくディスプレイ装置になっている。

ちなみに、今はEADI/EHSIという呼称は廃れて、飛行関連情報を表示するほうはPFD(Primary Flight Display)、航法関連情報を表示する方はND(Navigation Display)というのが主流。確か、ボーイング747-400辺りからこの呼称が出てきたと記憶している。

この747-400もそうだが、既存モデルの改良型を開発する際にグラスコックピットに改めたり、既存機のアップグレード改修でアビオニクスの換装とグラスコックピット化を行ったり、といった事例が多い。