飛行機が自動車や鉄道と違うのは、3次元の操縦操作を行うところ。飛行機以外で3次元の操縦操作があるのは、宇宙船と潜水艦ぐらいのものだろうか。3次元の操縦操作があると、自身の姿勢を正しく把握することが重要になる。

機体の姿勢

人間の感覚というのは意外とアテにならないもの。感覚的に「こういう姿勢だな」と思っているのと実際の姿勢が一致しないことが、空の上ではときどき起きる。いわゆる空間識失調(バーティゴ)である。

そういえば、濃霧の中でスキーをしていたら上下左右の感覚がわからなくなり、気分が悪くなりかかったことがあった。筆者の経験からすると、吹雪の時よりも濃霧の時のほうが厄介だった。地べたに両脚をつけていてもそういうことが起きるのだから、空の上では、なおのこと面倒そうだ。

そこで、機体の姿勢を知る手段が必要になる。飛行機は3次元の動きをするから、姿勢についてもX軸・Y軸・Z軸と3軸を基準にして、3次元で把握できないと具合が良くない。そこで、何か姿勢の基準を知る手段が必要になるため、前回にも出てきたジャイロスコープが登場する。

昔は文字通り、コマが高速回転する機械式のジャイロスコープを使うことが多かった。ジャイロスコープは常に同じ向きを向こうとする。それによって水平な基準線を割り出して、水平線を描いた球体(スフィア)を計器(姿勢計)の中で水平に保つ。

スフィアは自由に回転できるようになっているので、機体の姿勢が変化してもスフィアの向きは変わらない。そしてスフィアの手前に縦横の目盛を書いたガラス板、あるいは機体を示す指標を取り付けると、機体の姿勢と水平線の差を視覚的に把握できるというわけ。

米陸軍の汎用ヘリ・UH-60Lブラックホークの計器盤。中央よりいくらか右上にある、上下を色分けした球体(スフィア)が納まっている計器が姿勢計。撮影時には地上に駐機しているから、スフィアで色分けした上下の境界線は、計器の水平線と一致している。飛行中に姿勢が変化すると、両者がずれる

しかし、最近の機体はグラスコックピットが多いから、実現手法は変化した。機械式の姿勢計ならジャイロスコープによって得られた動きがそのまま計器の動きになるが、グラスコックピットではジャイロスコープによって得たデータをいったん電気信号として取り込んで数値化して、それをディスプレイ装置に描画する。

迎角と横滑り角

ところがややこしいことに、機首が向いている方向すなわち機体が進んでいる方向、とは限らない。

迎角があると、機体の進行方向と比べて機首が上がったり(プラスの迎角)、下がったり(マイナスの迎角)ということになる。また、横風が吹いているときには蟹の横這いみたいな動きをするから、機首が風上側に振られて、機体の軸線と比べると斜め前の方向に進むようなことも起きる。

大迎角飛行のデモンストレーションを行うF/A-18Fスーパーホーネット。機首は上を向いているが、進む先は右水平方向

そういう事情があるので、上下方向と左右方向について、機首がどちら向きに振れているかを知る手段が必要になる。

わかりやすいのは可動式のベーンをつける方法で、機首側に回転軸を設けて、それを支点にして回転する楔形の羽根(ベーン)を用意する。機首が振られるとベーンが動き、それによって支点の軸が動く。だから、軸の回転角度を調べれば迎角の変化がわかる。

もう1つはプローブ型で、機体表面に突出させたプローブ(直径10mmぐらいの丸管)の上下2カ所に圧力孔を設けてある。迎角がゼロなら上下の圧力孔の圧力は同じになるが、迎角がつくと両者に差が生じるので、それを検出して迎角の値を割り出し、計器に表示する仕組み。

ここでは、上下方向を対象とする迎角計を前提にして話をしたが、左右の振れを対象とする横滑り角についても、向きが90度変わるだけで考え方は同じだ。

C-17A輸送機の機首側面。下に3つ並んでいるのは迎角検知用ベーンで、その上にピトー管が付いている。ピトー管は異物が入り込まないようにカバーをつけてあるが、もちろん離陸前にカバーを外す。そこで注意喚起のために「REMOVE BEFORE FLIGHT」と書かれた赤いタグを付けてある

F-15Jの機首右側面。「952」という数字の前に突き出ているプローブは、上下に穴が空いているので迎角検知用と思われる

余談だが、業界用語では迎角のことをα、横滑り角のことをβという。だから大きな迎角をとって飛行することをハイα(ハイアルファ)なんていう。特に戦闘機で頻出する用語である。

速度や姿勢の把握とFBWの関係

近年、フライ・バイ・ワイヤ(FBW)やフライ・バイ・ライト(FBL)を使う機体が増えている。これらの機体は、飛行制御コンピュータが機体の状態とパイロットからの入力に基づいて、パイロットが意図したように機体を動かすための舵面制御を行っている。

ということは、飛行制御コンピュータには機体の姿勢・速度・高度に関する正しいデータが入ってこないと、えらいことになる。基になるデータが間違っていたら、当然ながら判断・操作の結果も間違ったものになってしまうからだ。

実際、飛行制御コンピュータ関連の配線を間違えたせいで飛行機が墜落した事故がいくつか起きている。間違えたほうが悪いといってしまえばそれまでだが、間違えてケーブルをつなぐことがないように、コネクタの形やケーブルの色を変えるような配慮も必要ではないだろうか。

FBWやFBLを使っていなくても、例えばピトー管が詰まったり曲がったりすれば対気速度のデータを正しく得られなくなるから、これもまた事故の元である。ちょっとしたバリが出ていたせいでデータが狂い、正しい高度を表示しなかったために墜落に至った事例が、実際にある。

だから、例えば自衛隊や米軍基地の一般公開で地上展示している機体を見ると、大抵、ピトー管に保護用のカバーを被せてある。もちろん、カバーを外さずに離陸したら一大事だから「REMOVE BEFORE FLIGHT」と書かれた赤いタグを付けて注意喚起している。

さらに、念が入っているなと感心したのが、2016年9月の横田基地一般公開に飛来した、オーストラリア空軍のKC-30A給油機、ピトー管を保護するのは当然だが、さらに静圧口までちゃんと蓋をして、異物が入り込まないように配慮していた。

もし、蓋をしていない地上展示機があっても、絶対にピトー管や静圧口に指を突っ込むようなマネをしてはいけない。A-10攻撃機の機関砲に砲口から指を突っ込んでいる人はよく見かけるが、あれだってやらないほうがいい。機関砲の銃身の内側はライフリング(線条)を刻んであるから鋭い角が立っており、怪我の元である。

横田基地に飛来したKC-30A給油機。3個並んだ静圧口に蓋をして、異物が入り込まないように気を使っていた